「吉本有里コンサート@Rupa」を振り返って

明日は、オウミ、高島町の「風人の祭り」。山菜など、14種類の具が入ったタイカレー(ほとんど具だけ)を準備中。カルツォーネは結構早めに売り切れてしまうので、今度こそ、多めにもっていこうとワタルが頑張っている。高島町は、とても気になるところで、鮒寿司のキタシナさんは、毎年、年賀状を2枚くださる。福々しいご主人が、近所の古墳などを案内してくださったことがあって、秘められた歴史を感じる。

ところで、ずっと心に思っていたことがあった。
なにしろ連休後半あたりからドタバタの連続で、超特急で原稿を10ページ書いたりして、やっと柳生を出発して四国~広島とまわって、おととい夜、柳生に帰ってきた。


  吉本有里コンサート@Rupa

5月3日朝、有里さんは一人でやってきた。

カリフォルニア時代も含めて、今まで多分、4回ほど我が家に来てくれている。八星君と一緒のときが2回、一家4人のときもあったし、一番最後は、下村誠さんと一緒だった。

初めて一人で来てくれたのだけど、今までで一番、一人という感じがしなかった。
二人でいろいろ話をしていて、…どうして近頃、涙腺がゆるくなるのか、わからない…、誠さんの話をしているうちに、随分と泣いてしまった。

私の兄の誠は、13年前に亡くなったけれど、そのことについては、誰にもずっとうまく話せないでいたし、話そうという感じにもならず、だから人前で泣くこともなかった。

有里さんと初めて会ったときから、なぜか姉のように感じる空気感があった。会う回数は少ないけれど、4,5年ほど前だったか、出発する有里さんを見送るとき、泣けてきて仕方がなかったときがあった。意味もなく、何故かとても切なく、胸がしめつけられるような悲しい気持ちになった。

物語と同じように、人生にも伏線があって、人は魂の深いレベルでは、すべてを受け入れて、すべてを知っている。
自分が死ぬことを知っていたかのような誠さんの言動を話してくれると、それと対応するように、子どもの頃の兄の言動が目に浮かぶ。

誠さんが亡くなってまだ間もない今、このように動き、動かされている有里さんと話していると、それだけで、私の中の「誠」が浮上し、…それは「癒される」という言葉では不十分…、何かが溶けて次へと進むような、そんな感覚が広がっていく。

生きている誠さんと一緒だったときとは、まったく異なる有里さんが、そこにいた。何かが違う。ものすごく違う。
誠さんが生きている間、何もわかっていなかったこと。誠さんを批判し、過小評価していたこと。そんなことも赤裸々に語る。
それはまさしく、私の兄に対する態度そのものでもあった。
誠さんの死によって、有里さんの何かが再生したことへと話は続く。
有里さんの話を聞いていると、それが有里さんのことか、自分のことだか、わからなくなってくる。とても感覚的に伝わってくるので、もう言葉では返せないし、その必要もないような感じになってきた。

私が今、ここ柳生にいるのも、息子やワタルを初めとして、いろんな人々と今世で再会できたのも、兄、誠のお陰だと、言い切ることができる。兄の死は、それほどまでに大きな出来事で、それまでの人生や価値観をすべて一旦、ゼロに戻すほどの揺さぶりだった。
その結果、目に見えるものも、目に見えないものも、そのすべてに兄、誠を感じることがある。

そんな「誠」に包まれるようにして、有里さんとお客さんを、お気に入りの場所にご案内した。

早朝から名古屋を発って柳生に来てくれた有里さん。私だったら、「疲れているから、ツアーは休む」と言っていたかもしれない。でも、有里さんはすべてに同行してくれた。
ある縄文遺跡に、とてもお気に入りの場所がある。初めて行ったときから、その地は私を温かく迎えてくれて、古代の聖なる存在がそこを守っていた。私のなかでは、クボーウタキに匹敵するほどの高い霊性に包まれたところ。そういうところでは、何か意図的なことをしようという気持ちが消滅する。
ただ木々に囲まれて、静かに存在しているだけで十分だった。
そうすると、静かに「私」が消えていく。
そこに有里さんを案内できて、本当に良かったと思った。

Rupaに戻ると、すでに開演時間も間近で、結局、有里さんにはまったく休憩時間がなかった。常識的に考えれば、大クレームものだと思う。しかも、連休中とあって、別のイベントなどでキャンセルが相次ぎ、聴衆はいつもより少なかった。

そんななか、有里さんは、とてもとても、丁寧に唄ってくれた。
手の火傷の影響で、楽器はうまく弾けていなかったようだ。
でも、今までの有里さんとは、明らかに何かが違う。
カラオケバージョンの唄まであった。今まで誠さんの担当だったリズミカルなギターを有里さんが弾いているとき、確かに、そこに誠さんがいた。
ワタルには、はっきりと、誠さんの歌声まで聞こえたという。

休憩をはさんで、ロウソクの灯りだけにした。
膝の上で息子が寝てくれたので、思う存分、聴ける。

 思い出そう 昔むかし 
 わたしたちがひとつだったことを
 思い出そう 地球にやってくるまえの
 光に満ちた心のふるさと

 愛を運んでくる 風にのって
 夢を運んでくる 時を越えて
 からだをもたない もうひとりの私

3年近く前から、誠さんの夢のなかに若い頃の有里さんが出てきて、唄を唄うようになったという。夢から覚めて、大急ぎでメロディと歌詞を記録して、現実の有里さんが唄うようになった。
その「夢唄シリーズ」を聴きながら、確かに、今ここに、誠さん、兄の誠を初めとする、「からだをもたない私」たちがいて、深く深く、魂でつながっていることが感じられて、また涙が止まらない。

深く深く、時空を超えた私とつながること。
時を越えて、運ばれてくるもの。
風は、いつもいつも、吹いていた。

優しいその風に、感謝の気持ちを伝えた。

コンサートが終わって、歓談のとき。
少人数だったけど、けっこう遅くまで話をしていた。
翌日、神野山の祭りや交流会に参加の予定だったこともあって、やがて三々五々に、みんな帰っていった。

最後、有里さんと私達だけになってから、
また再び、誠さんの話になった。
唄の後は、必然的に話は深まる。

「誠さんの夢に出てきた唄の意味がね、今になってわかるんだよ。例えばね、過去世のビジョンなのかなって言ってた歌詞があったの。でもね、誠さんが逝ってから、わかったんだ。それは『今』のわたしの唄だったんだよ」

 未来のわたしと共に生きる 過去のわたしと共に生きる
 それが愛の始まり それが祈りの始まり

 いつかまぶしい草原で 深く出逢ってゆく
 わたしとあなたの 清らかな心

私達は、ある出来事を、いつもどこか遠くにおしやってしまいがちだ。
他人事だと言って、すぐに関係ないそぶりをしてしまう。
でも、本当はすべて「今のわたし」につながっている。

2年前の12月、誠さんと有里さんがRupaに来てくれたとき。
「昔、誠さんのライヴを東京で聴きに行った」というワタルの話を聞いて喜んでくれた誠さんは、私達にあるCDをくれた。
とても気になるCDで、よく聴いていた。
去年12月、誠さんの訃報を知ったとき、まっ先に、そのCDのことが思い浮かんだ。それは、誠さんが作詞作曲した「亡きタワシさんのための追悼CD」だった。

 ポッカリ空いた心の中に青い天国がある
 まんまるのきみの笑顔がそこにある
 誰もが虹を掴もうともがいてたあの頃
 きみはとっくに識ってたんだね…

その歌詞は、まさに誠さん自身のことだった。

 タワシ。。。わたし、のことだった。

魂の奥底で、すべてを識って、すべての運命を受け入れ
そのために、すべきことを果たし、
次なる世界へと進んでいった。

有里さんと出逢うということを、果たして。

とある平凡な一家の長男として生ききることを、果たして。

すべては、時空を超えた「わたし」のために。

有里さんのなかに、誠さんは生きていた。

私のなかに、生きるのは…。


有里さんのコンサートの後、怒濤の日々が流れ去り、四国、広島と巡ることになった。溜まっていたものが、ドカンッと流れ出るような場面も。世間的にも、多くの事件が起こったようだった。我が家にはテレビがない。久々に見ると、不安増幅器のように感じる。増幅された不安や恐怖が、またさらに現象を引き起こしている。電力消費を減らすためにも、家にテレビは置かない方がいいと思う。しかし、その前に、自分自身が不安増幅器になってはいないか、見直す必要がある。

縄文陶芸家の猪風来さんのところに寄ってから、柳生に戻った。新たに、縄文土器の太鼓をつくるという。巨大な土器を見せてくださった。あとは猪の皮を張るだけ。猪の皮がそばに干されてあった。今秋10月21日に「野焼き祭り、火祭り、猪祭り」を開催予定だという。

こうして、17日の夜、柳生に戻った。
家に入って、すぐ留守電を聞くと、有里さんからの急用メッセージが入っていたので、早速、折り返し電話を入れた。

くだんの件は解決したということで、穏やかな有里さんの声が受話器の向こうから聞こえる。ちょうど有里さんも四国・関西ツアーが終わって、長野に帰ってきたところ、とのこと。

龍野市でのコンサート主催者が、ヒーリングやリーディングをする方だったという。で、有里さんの手をヒーリングしてくれて、リーディングも入ってきたそうだ。

「私と誠さんは、今、ひとつになっているんだって。それでね、私が大地にいて、誠さんが天にいる。一緒に光の柱を建てて、天地をつなげる仕事をしているそうなの。私は、誠さんからの天の波動を地に伝える役目。そのために、誠さんと出逢った。でね、大切なことは、生きているときの誠さんをイメージするんじゃなくて、天にいる、『光輝く』誠さんをイメージすること。そうでないと、誠さんが役目を果たしにくいそうだよ。
直ちゃんも、直ちゃんのお兄さんの関係も、同じだと思うんだよ。
私達は、『地球担当』なんだよ」
長野からの有里さんの声を聞いて、私も、柳生に帰ってきたんだという感じがした。


 天地をつなぐ御柱

 光り輝く、誠

 私達は、地球担当

 生きよう

 誠とともに

 今、ここに、生き直そう

 時を越えて吹く風のなか

 からだをもたない もうひとりの私


   きみの笑顔が、そこにある
  

 
[PR]
by rupa-ajia | 2007-05-19 21:25 | イベント(ライヴ・ワーク等
<< 生命のつながり 境界の中で >>