カテゴリ:子育ち・親育て( 7 )

エネルギー

3月11日以降、内にも外にも、いろんな思いがあふれてくる。
もう何が普通で当たり前なのか、よくわからない。

 でも確かに、心の一番奥底で感じていること。

今、生かされていることが、とても有り難い。
身近な家族や友人がとても愛しく思える。

何も特別なことはないけれど、
愛し、愛されていることが感じられて、とても幸せ。


   神さま、ありがとう。

   本当は、すべての時が特別だった。
   今、この瞬間ですら。

     なのに、ごめんなさい。
     本当は、知っていたのに。

   見失ってしまった、祖先の築いた道
   大地に名を刻まなかった無数の人々の合作
   埋もれた礎を、また見つけることができるのだろうか


 目に見えない猛威と戦ってくださる名もなき人々が、
 どうか無事でありますように。

 絶望のただ中にある名もなき人々の心に、
 どうか光が届きますように。
 

宇宙の宝物、子どもたちを守りたい。
すべてのエネルギーが、その希望に注がれますように。



  解き放たれ、融けゆく

  無数の私の、光
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by rupa-ajia | 2011-06-09 17:43 | 子育ち・親育て

カミノセキ 母の祈りに応えるとき

長らく日記を書いていない間にも多くのことが起こっていましたが、今回はそれらのことはすべてとばして、上関原発について思うことを書いてみたいと思います。

私は今まで上関原発関連の動きに、具体的に加わったことはありません。
しかし一昨年だったか、祝島のドキュメンタリー映画のチラシに載っていた島の古老たちの写真を見かけて以来、ずっと心にとめて、原発工事が撤回されるのを祈っていました。
チラシに掲載されていた古老たちの微笑みは、とても温かく、やさしく、私が暮らす大和高原の古老たちと同じ表情をしていました。
・・・
ここ大和高原の暮らしにおいて、古老と子供たちは、特別かつ不可欠な存在です。
古老、特に現在70歳代以上の方々は、石油エネルギーに依存しない自給自足の暮らしを営んでこられた世代で、おしなべて皆、微笑ましいほどに個性的です。

長閑な里山の風景にとけ込み、大地と同化するかのように身をかがめ黙々と田畑を耕す古老たち。 普段はきわめて地味で目立たないながらも、年が長ずるにつれてムラ(集落)の祭事の折には、神官となって粛々と段取りを整えます。

 同じく欠かせないのが、子どもたちの笑い声。
古老と子どもがいるからこそ、かくも美しい山里。

祖霊とつながりながら里を守り続けてこられた古老たちに接するとき、いつも敬意と感謝があふれてきます。そして週末、ムラの中に響きわたる、やんちゃな子どもらの声。
これ以上は何もいらない、そう思える日常の温かなひとときです。

・・・
先日から、かねてより気になっていた上関原発の工事が強行に進められているとの情報が入り、しかも警備隊との衝突で、祝島の高齢の女性が負傷したという一報を知ったとき、文字通り、胸が張り裂けそうになりました。

島や山間部に長く暮らしてこられた70歳代前後以上の方々は、長年にわたって、この島国の日常の霊性を底辺から支えてくださった、無形文化財級の存在です。
そして今なお、日本の主食の自給率を支え、荒廃が進む田畑を維持する最後の砦となってくださっています。
敬愛すべき古老たちに、そんな対応をとるとは、、まったくもって信じられません。

山口県の瀬戸内海に浮かぶ島と言えば、まず思い浮かぶのが、尊敬する民俗学者の故・宮本常一の故郷、大島です。
全国の古老たちから生活誌の聞き取りを行い、高度経済成長期にあって、世間から忘れ去られようとしている辺境の地の生活文化を記録し続けた宮本常一。

常に「大島出身の農民」であること公言しながら、山村や漁村を歩きまわった宮本常一の姿に、故郷の愛を感じるのです。
農民・漁民不在の観光開発に異論を唱え続けていた宮本常一が、今この状況を知ったら、何と思うでしょう。
教育機関やマスコミは、有名人の偉業のみを伝え教えようとします。
しかし実際にこの島国の衣食住を支えてきたのは、まったく無名の庶民たちであり、その心意気は本来、日常生活のなかで自然に教わるものでした。

祝島の古老たちは、決して原発反対運動だけをしているのではないと感じています。
 それは、ただ故郷を愛して愛して、愛し抜いている姿。
私たちは、彼らから何を学び、何を思い出すことができるでしょう。

私は、大和高原に暮らすイチ母親として、もうこれ以上、多様な自然と地域文化を根絶やしにするような施策を続けてはならないと、強く感じます。
祝島の古老たちの声に応えるために、できること。
まずは電力消費を抑えるために、不要な電化製品は使わない、不要な電源は抜く(特に保温機能)、なるべく家族が同じ部屋で過ごすなど、日常の小さなことの積み重ねこそが肝要なのでしょう。

しかしさらに長期的にみるならば、一人一人が今、暮らしている地域を愛するというのも、非常に大切なことだと思うのです。今回、上関の動きの中心軸となったものは、祝島の人々の郷土や子どもたちへの思いでした。

都会の現役世代よりも、ある意味、より個性的で多様な古老たちが、どうやって等しき和を保って里を守ってきたのか。
実際に里で暮らしてみて、ますますその心を言葉で表現することに困難を感じている私ですが…、とにかく言えるのは、地域への愛があってこそ、多様性が生きてくる、ということです。

原発建設に注入されるエネルギーと資金を、電力会社と協力しながら、より小規模で地域生活になじむ発電施設の開発に転換させる。そんなオルタナティヴな方向。
これはまさに、郷土愛なくしては始まらない作業です。

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上関原発工事の今
http://iwaijima.jugem.jp/
周辺の自然環境
http://sunameri09.blogspot.com/2011/01/6.html
狙われる農村・漁村
http://www.youtube.com/watch?v=G2oDvAn_zdQ&feature=related
「地下深く永遠に~核廃棄物10万年の危険~」
http://bit.ly/ha1GHT 
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さて前述した、大和高原をはじめとする農村や漁村での古老たちの役割の大きさについてですが…、参考までに以下、宮本常一による故郷の大島についての記述を引用させて頂きます(長文で申し訳ございません)。

今から約80年前、瀬戸内海の島々の日常。

   想像していただけると幸いです。

              宮本常一『家郷の訓』から 「母親の心」の章 抜粋

(前略)
素直に子供たちを他郷へ出してからの女親たちの子への思いやりも実に深いものであった。子が他郷にあるほどの女であればほとんど一様に朝早く氏神様へ参るのである。これは雨が降ろうが風が吹こうが、おかまいなしに毎日続けられる。たいていは皆朝飯を炊くまえに参るのである。先ずお宮の前の浜に出て潮ばらいをする。自らの額に潮水を三度指先でつけ、四方を潮で祓うのである。そして手に砂・礫などを持って神前に至り、この砂礫を投げてていちょうに拝む。この参拝は決して一回だけではなくて、三回も五回も、時には十回もくりかえされて、家へ戻って来る。家へかえる時、お潮井または砂などを持って来て家の中をきよめる。それから朝飯をたきにかかるのが普通である。

 私の家は氏神様のすぐ下にある。十年あまり前病気で二年ほど故里の家に帰郷していた時、毎朝目をさまさせられるのは、この宮参りの人の石段を上り下りする下駄の緒とであった。その音は必ず朝三時半頃から起った。

(略)
家の前の道を女の話声がすぎて行くと、家でもかならず戸のあく音がする。母が宮へ参るのである。(略)親戚の女であれば「おかか」または「これのおかか」と声をかける。他人だと「おばいさァ」「よういおばいさァ」などと言う。私もねていてそれが誰だということが分る。(略)その足音が浜へ下りると消える。次に柏手の音がする。海の沖の方を向かって拝んでいるのであろう。しばらくすると石段をのぼる音がする。柏手の音、石段をのぼる音が無数に折り重なって来る。それに話声が交る。静かな朝などは、それが一種のリズムをおびてさえきこえるのである。本当に信心な人は、それから寺および自分の家の墓まで参って来る。雨の日などはピチャピチャと水の中を裸足で歩いて行く音をよく聞く。私はそこにひたぶるな女親たちの子への慈しみの心をきくように思うのである。

(略)
傍らで祈っている女親の低いしかし迸(ほとばし)り出る熱い声をきいた。旅にいる子供の名をつぎつぎによびあげて、「どうぞマメ(健康)であるように息災なように。もし病気にでもなるようなことがあったら、どうぞこの私をかわらせて頂きたい。たとえどのような苦しみをうけましょうともよろしゅうございます」というものである。しかもこれはこの一人の女親だけの言葉ではなかった。すべての女親たちの言葉でもあった。真心をこめてかく祈っているのである。(略)親たちはかくまでにその子を愛してその子の命をいたわっているのである。

(略)
家々ではまた陰膳を供えた。(略)弟を養子にやって他所へ出したので、弟の膳箱があいたが、やはり膳だけは出させ、われわれの食べるものと同じものをついで膳の上へおいた。その膳の一隅にはいつも写真をかざった。(略)この頃はこの陰膳ばかりが実に殖えていて、私の帰郷している時など箸を持って食べる者は母と私だけ、後は皆はるかなる彼方の人びとに供えているのである。それがまた姉、弟、私の妻、私の子を初め、両親を失って他郷にある近所の若者、私の家に下宿していた数人の兵隊さんと実に十近くも食物を盛った皿と茶碗と、その写真がならぶのである。かくて一人の女親の愛情はその肉親の子にのみ限られてはいないのである。

(略)
かつて飛騨山中のさる農家の井戸ばたに、茶碗に一杯の水の盛ってあるのも見てたずねたら、その家の老女が戦地へ言っている兵隊さんたちが喉の乾かぬようにとの心から毎日供えていると話してくれた。自らの子を愛する心の深い人はまた他人の子をも同様に愛し得たのである。

(略)
「私は神仏を拝むのも、人に功徳をほどこすのも一つだと思いまして。」(略)自分の息子が旅でどんなお世話になっているやら分らぬと思うと、困っている他人もおろそかには出来ないとのことである。親として最もうれしいのは子供が他人に親切にされたことだという。このようにして子への愛情はまたひとり子にとどまっているものではなく子を通じて発展するものであった。
 かくしていったん手ばなした子供たちに対して、その理解とあきらめのよさの中に神明の加護が祈られていたのである。(略)自らはその不安もさびしさもかくして働いた。

(略)
父なき後、母は、祖父が、また父がこの上もなく愛し血の通うほどに耕した田畑をその死の日まで耕そうとしている。どのように町へ出ることをすすめても母は出ないのである。母には私たちの心がよく分るばかりでなく、それ以上に祖父や父の気持が分っている。そうしてこの土地にこもる先祖の魂に殉じようとしている。
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by rupa-ajia | 2011-02-25 13:33 | 子育ち・親育て

森に ざわめきが あるように

近頃、家族関係を巡って、悲しい事件が多発しているようです。
テレビがないので詳細はわかりませんが、ケーブルが開通したことで、妙なニュースなるものを目にする機会が、なくもないです。

子どもというのは、ひたすら元気な存在。
あのエネルギーは、どこからやってくるのでしょう。
まるで、太陽が燃え尽きることを知らないかのように、起きている間、いつも元気です。
その活力が、土地の地場を高めてくれているんじゃないだろうかと、時々、夢想しています。
人間の知覚、特に大人の感覚なんて、おそろしく限られていますから。
個人的には、子どもの声が聞こえない土地というのは、少し寂しく感じてしまいます。
『沈黙の春』に慣れてしまうのも、考えものです。

原生林では、苔や倒木がないと、種が発芽しないそうですね。
いくら母樹が種を産んでも、苔や倒木の上に種が落ちないと、ちゃんと発芽できないそうです。
私たちは、森のように支え合いながら、生きていくことができるのでしょうか。

私は、きっとできると信じています。
知人から教えてもらったブログ↓(内田先生は古武術研究家の甲野先生のお仲間ですね)
http://blog.tatsuru.com/2007/10/03_1034.php
完璧なる循環型社会
美しくも逞しい 自然との共生の技

その心は こんなにも やさしかったのですね
元気いっぱい ヤンチャな子どもだった
 私たちの ご先祖さま

私たちも そうやって 大きくなった
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by rupa-ajia | 2007-10-06 19:21 | 子育ち・親育て

モーツァルトと、子どもの心

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一昨日の「やまんと和の体験塾」と「ロージッチさん達のコンサート」の感想は…、あまりにも多様な要素が絡み合っていて、うまく説明できる自信がない。 上の写真は、コンサートのリハーサルの様子(リハは、あっという間に終了)。
体験塾に関しては、2種の体験を盛り込んだために、予想以上にドタバタしてしまって、、ごめんなさい! 2種とも、あまりにも内容が深すぎた~。
f0018942_17573422.jpg体験塾の目的は、表向きは「和の体験を子ども達と一緒にしよう」だが、実際は「子どもがいるために普段できないことを、子どもが暴れても気にせず、じっくりやろう」という状況になっている。
「子どもがいると、行けない」と言う時、実は「子どもが騒ぐので、他の人達に迷惑だから行かない」という意味を含んでいる場合がほとんど。
そこを敢えて「迷惑承知で、是非、ご参加を」という態度を暗に示している。子連れ参加ではない大人の方々の存在が、その場の空気をかなり中和してくださっているようにも感じる。

是非とも、父親や母親に堪能していただきたいと思っている。内容は深く、大人が夢中になれる要素に満ちている。こんな短時間で、その魅力を子どもに伝えるのは難しい。体験で感じたことを、大人が生活のなかでちょっぴり生かすことができれば、子どもにも伝わるのかもしれない。
f0018942_1894313.jpgとにかく、大人に集中してもらうために、周辺で子どもたちの遊びがヒートアップしてきたら、みんなの臨時オカンと化して、「コラー!」と叱ったり仲裁したりする。それでも専属保育係という訳にはいかない。ハイになったうちの息子は、雨の中、外でヤンチャしまくりで、何度も服を着替えた。
子どもたちが激しく動き回ることで、やがて、その場が混沌とした空気になり、全体的にみんなが臨時「オカン&オトン」みたいな感じになってくる。

コンサートが始まる頃には、疲れきってしまった。
主催者としては、コンサートタイムにこそ、子どもの動向に注意を払うべきなのだろうが、疲れて、そんな気分にはなれなかった。(コンサートだけに参加してくださった方々は、会場に子どもが多くいることにびっくりされなかっただろうか)

そして、なんと。 音楽が始まった途端、息子がバッタリ倒れ込むようにして熟睡してしまった。

そして、自分が心から音楽を愛していることを、思い出した。
全身全霊を耳にして、ものすごい勢いで音そのものを聴いた。
かすかな音の余韻まで。

すべて有名な曲だったが、楽器編成は、前代未聞の組み合わせ。その響きは、予想以上に、きわめて古楽的だった。
旋律楽器はジャズギター。でも、こんなにも自然なイネガルや古楽的な装飾・即興は、なかなか聴くことはない。マンドリンとリュートとの相性は、ブロークンコンソートでもなし、ホールコンソートでもなし…、妥協することもなく、強調することもなく…、とても不思議な響きだったけれど、あるがままで、ぴったりだった!

何年ぶりだろう。 こんなに集中してハイレベルな音楽を聴くことができたのは。
子持ちの立場としては、あまりにも予想外のことだったので、涙が出てくるほどだった。

大学時代の4年間、私は寝ても覚めても古楽のことばかり想っていた。
マニアックな話になるので詳細は避けるが、古楽とは、「今ここに、音そのものを生かすこと」だと個人的に感じている。

音楽を、音そのものに還す試み。

マンドリンの内藤さんは、「ジャズと古楽って、共通点が多い」とおっしゃっていた。さらに私は「ジャズと古楽は、もともと同じ」とも感じている。
もともと、宇宙の摂理に則った音の響きがあって、それがそれぞれの個のパターンに応じて、表現的な変化を遂げた。でも、響きそのものは、原初のものと変わらない。

常に新しく、常に生きている。

古楽に夢中になっていたピーク時には、音楽を聴くようにして世界を観察していた。例えば、猫が歩く様子。重力に従うしなやか足の動きが、絶妙な旋律のように聞こえる。大空を飛ぶ鳶の軌跡は、心地よいロングトーンに聞こえる。
今、思うに、これは古武術的な観察法にも通じるのだろうか。

当時、ルネサンス音楽に凝っていたので、はたから見たら、モーツァルトなどの古典は聴いていないように思われていたかもしれない。

でも実は、モーツァルトが大好きだった。
古楽の神髄を、初めて心身レベルで体感したのも、モーツァルトだった。

ロージッチさん達の奏でる軽やかなモーツァルトを聴くうちに、そのときの感覚が鮮やかに蘇ってきた。
  ・・・
16,7年ぐらい前だったか、栃木の古楽音楽祭で、18世紀当時の演奏会形式でモーツァルト演奏するという試みがあった。当然、楽器は古楽器だけど、演奏会のスタイルも、というのは珍しい。

それは、交響曲(このときは、ジュピター)の楽章の間に、いろんな曲をはさみながら、半日ほどかけて、いろんなモーツァルトを演奏するというものだった。交響曲の1楽章を演奏した後、歌曲やピアノソロ曲などをやって、今度は交響曲の2楽章を演奏し、また間に室内楽などをする。休憩なんかもはさみながら、めくるめくモーツァルトが繰り広げられた。古楽器での演奏は、とにかく音が軽やかで透明で、心身にストレートに響く。

あまりにも集中してモーツァルトを聴きすぎて、気が付かないうちに、自分の心身が変成意識になっていったようだ。
夜、数々のモーツァルトを聴いた最後、締めくくりに、ジュピターの終楽章が演奏された。

個人的に感じるのは、モーツァルトの楽曲では、終楽章の後半に、ものすごいものが噴出しているということ。
走馬燈のように、いろんな次元のものが同時に、駆けめぐり、飛び回って、地上天国のような様相を呈する。

 天国の俯瞰図。

で、そのとき最後に聴いたジュピターの終楽章は、もう凄まじいもので、演奏者たちも神懸かりな状態になっていた。
茫然自失となった私は、思考回路がふっとんでしまって、この世界に存在しないような感じになってしまった。
演奏後に拍手ができないし、言葉も出てこない。どうやら言語能力が剥奪されてしまったらしい。

長い拍手が終わって、みんな会場を立ち去るのに、私は身動きができない。同行者たちが心配して見守るなか、随分と時間がたってから会場を出たけれど、言語能力の回復はまだだった。
ホールのロビーには、言葉を交わす数多くの人々であふれていたけれど、本能的な違和感をぬぐうことができずに、群衆から離れて立っていた。

思考回路は止まったままだったけれど、精神が危機を感じたようで、自分なりに応急手当を探し始めた。
変性意識になると、普段とはまったく異なる輝きと意味をもって視野に入ってくるものがある。通常の感覚では察知できないけれど、それはどうやら、異界への通路的な役割も担っているようだ。

ロビーに立ちつくしながらも、無意識的に、その「異なる輝き」のものを探し始めた。
感覚だけは鋭敏になっているので、導かれるようにして、すぐ見つかった。

それは、ロビーに展示されていた、子どもたちによって描かれた数々の絵だった。
幼児~小学生低学年ほどの絵を、黙々と鑑賞。
それは、この世界に帰る準備だった。

ようやく、人との会話にうなづいたりできるレベルまで回復。
さらに、たどたどしく、今の自分の状況を同行者たちに説明できるようになると、なんとなく理解してくれたようで、帰りは、夜道を、一緒に「追っかけっこ」しながら帰った。駅に着く頃には、ほぼ言語機能が回復!
同行者といっても、大学サークルのOBの、そのまた友人達で、一回りほど年上の方々。よくぞ付き合ってくれたものだと思う…。
  ・・・
ロージッチさん達のモーツァルトを聴きながら、そのときの感覚が鮮明に蘇ってきた。
やがて、当時の私と、今の私が、重なり合うような感じになってきた。

 当時の私が、何かを伝えようとしている

最後のアンコール演奏、モーツァルトのトルコ行進曲が終わった途端、息子が目を覚ました。
3歳を迎え、いよいよワガママ、イタズラ、自我絶好調という昨今。ほとほと手を焼かされているけれど、この熟睡のタイミングは、最高の親孝行! ありがとう!!
夜遅くまで、みんなといろいろ遊んだり、話したりして、ようやく9月の最終日が終わった。
最後まで、子どもたちは元気いっぱいに遊んでいた。
 ・・・
翌日(10/1)も、いろいろなことが起こって、夕方には奈良市内で、お通夜に参加。近所のお爺さんが急に亡くなられたのだが、真言宗ではなかったので、柳生の立野寺ではなく、市内の公共ホールでの式となった。
会場で、息子が走り出さないか、ハラハラ。。
帰りに、パパラミ邸に忘れ物を届ける。偶然そこに居合わせた人達と話が大いに盛り上がった。その間も、ぐずる息子を抱きあげたり、なんやかんやと、だましだまし。みんなとの別れ際、我慢できずに、また息子が手をふりほどいて、道路に駆けだそうとした。

手をふりほどいて道路に駆け出そうとする息子を見る度に、背筋が凍るような思いになる。

それで叱るのだけれど、それが度重なることで、私のなかに何かとても重苦しいものがたまっていくのだった。

家に帰って遅めの夕食をとる。またしても、食事中に息子が踊り始める。それでまた叱るのだけれど、今回は自分の中で何かが硬直したようになってしまい、いつになくきつい叱り方で、息子が泣き始めた。そんな私に対して、ワタルも怒り始めた。もっともな反応だと思う。
思えば、前日の体験塾の間も、息子を始めとする子どもたちに注意したり叱ったりの連続で、常より険しい気持ちになっていたような気がする(演奏中は放心状態で解放されていたけれど)。
ここのところ、息子のワガママぶりは、かなり激しい。きつくなってしまう自分には、自分自身が一番よく気づいていたし、心にそんな棘をもってしまう自分が、本当に嫌になってくる。

一人で奥の部屋に行き、机に向かう。
息子がますます泣いて、ワタルもますます私に立腹。
それでも一人でいようとする私に異変を感じたのか、やがて息子は近寄ってこなくなった。私のことを気の毒に思ったのか、とうとうワタルが「お母さんの言うこときかないからだろ、ゴメンナサイって、言ってき」と息子を諭してくれた。

泣きながら部屋にやってきて息子が一言、「ゴメンナサイ」。

その顔を見た途端、私の中の何かが崩れるのを感じた。

涙がどっとあふれた。
そして崩れた何かの向こうから、十数年前、モーツァルトで言葉を失ったときの感覚が、一気に流れ込んできた。

 ごめんね、K

ごめんね、K。
本当は、道路であろうと、部屋のなかであろうと、走り回るときのKの笑顔が、お母さんは大好きなんだよ。本当は、お母さんも一緒になって走り回りたいんだよ。
嬉しいとき、ワケもなく、無茶苦茶に身体を動かしたくなるときって、あるよね。そんなときは、その喜びを素直に表現していいんだよ。
そのために、生まれてきたんだよね。

でもね、この世界では道路は危ないし、他の人達がいるところでは迷惑になることがある。社会のルールもある。だから、大喜びで走ってはいけないこともあるんだよ。

ただ、Kが最高の笑顔で走り回りたい気分、
お母さんも、わかるんだよ。

すごく、わかるんだよ。
  ・
息子を抱きしめながら、自分を抱きしめていた。

ジュピターの最終楽章が響く
子どもたちの描く、素朴な絵が広がる

軽やかに 透明に 天真爛漫に
言葉を超えて 走馬燈のように広がっていく 喜び

 君は、天国を俯瞰していたんだね

 お母さんも、わかるよ

 一緒に、遊ぼうね


モーツァルトと、子どもの心
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by rupa-ajia | 2007-10-03 15:02 | 子育ち・親育て

子は、世の宝。

昨日は、三重方面の友人達が、大阪方面の方々と一緒に、遊びに来てくださった。
シュタイナー教育で有名な幼稚園に勤めている愛ちゃん、「いが野の農園」の瀬川さんご夫妻などのご一行。瀬川さんとは、ゆっくりとお話をしたことがなかったのだが、今回、共通の友人がいることが判明。
それは、熊野の武和さん。話をお伺いしていると、瀬川さんも武和さんと同じような展開を、伊賀でされているような感じ。お二人とも、その地域に根付いて、外からの訪問者を心温かく迎え、いろんな人達をつないでいらっしゃる。このような方々の存在のお陰で、その土地とも深くかかわることができ、土地と土地もつながっていく。

私の中で、伊賀と熊野がつながった。

伊賀の風庵、まっちんに続き、また伊賀に行く楽しみが増えた!
そうそう、工房クーの山下さんにも、白樫の若者達にも、また会いにいきたい。
柳生と伊賀は、今も昔も、仲良し!

その日は、大阪からノコギリ演奏家の方もいらっしゃった。
10年以上前から音だけは聴いたことはあったものの、ノコギリ楽器を見るのは初めてだったので、ついつい取材モードに入ってしまった。取材結果をまとめると、一本の原稿になってしまうので、省略。
健ちゃんも来ていたので、息子が落ち着かない。「音遊び」の始まるのが、待ちきれないようだ。いつも健ちゃんが持ち歩いているカゴの中から、マラカスやタンバリンを勝手に出して一人で盛り上がっている。ついに、健ちゃんのギターケースの上に乗り始めたので、早速、ノコギリも混じってのセッションをスタートさせた。

快感。この波動は、快感。
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そして記念に、居合わせた面々による、ノコギリ演奏体験タイム。
これも、盛り上がった。いつも撮影者に徹しているハマさんが、自らの演奏場面の撮
影を要請するほどに。

快感。この体験は、快感。

ビジュアル的に、一番似合っていたのは、製材所経営者の方と、ヒゲの亘。…きこり。すぐ横に薪ストーヴがあったのが、また良かった。でも、もし新也さんがいたら、ビジュアル部門での優勝者は彼だっただろう。
トーキング部門では、健ちゃん。関西弁「おまえはアホか」というイントネーションを、ノコギリ音で見事に再現してみせた。ノコギリ演奏が、西日本のみで流行している理由が、よくわかる。
拍手部門では、うちの息子が入賞。実力ゼロながら、ノコギリを専用バチで叩き、満面の笑みで一同の拍手に応えていた。得意のあまり、演奏を止めなくなってしまったので、また私が阻止することになてしまった。
年末、垣内の忘年会でお隣の方がRupaに持ち込んでくださったカラオケセット。拍手のなか、「さそり座の女」を歌っているつもりになっている彼を、阻止したことを思い出さずにはいられなかった。

みんな帰られた後、健ちゃん達と、ネット「やまんと市場」などに関して、いろいろ話し合った。小山さんも来て、50代2人、20代2人、30代2人、1歳1人になった。
健ちゃん「今年は都祁での農業に徹したい。一番やりたいことは、お茶や農業。その専門家になることによって、こそ、『やまんと』に貢献できるのだから」。
心に響く。しっかりと、自分自身で立つことなくして、本当の意味では手をつなげない。

私「今の一番のテーマは、育児、というか、この人(息子)といつも一緒にいること。もちろん、亘のアートやモノづくり、私のライター業など、各々やりたいこともあるにはあるけど、今は…」
続きは、小山さんが代弁してくれたので、言うのをやめた。

各世代ごとに、今のやりたいことを、存分に追求すべきだと思う。存分に存分に、追求すべきだと思う。それにつきると、思う。

ただ、昨今の少子化問題を耳にする度、「子供を産むと、自分のやりたいことができなくなる」と思いこんでいる未婚の方々がいるのでは、と思うこともある。

それは、大いなる誤解です!

私は、今まで、いろんな神秘体験や冒険、旅をしてきたと思う。
でも、妊娠ほど神秘的な体験はなかったし、出産ほどスリリングな冒険はなかった。
そして、その後の育児ほど奇想天外な旅はないし、その旅は、今も続いている。私がいなくなっても、息子には旅を続けてほしいと思う。
今まで「やりたい」と思っていたことが、もう、かすんで見えてしまうほど。正確に言うと、「やりたい」ことの意味が、まったく変わってしまったのだ。

今、私のやりたいことは、子供の笑顔につながること、すべて。
多すぎて、欲張りかも、しれない。

子供がいるだけで、どんなに貧しくとも、どんなに大変なことも、全然、気にならない。どんな理由もいらない。子供が笑っているだけで、ただそれだけで、無条件に幸せになれる。
これ以上のことが、どこにあるだろうか。
子沢山な途上国のことを、問題視してきた先進国。今やっと、どちらが豊かだったかが、判明しつつある。

子は、世の宝、世の希望、

  世の光
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by rupa-ajia | 2006-01-16 13:07 | 子育ち・親育て

子が生まれて、わかったこと。

自分は何もわかっていなかった。
そのことが、わかった。
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by rupa-ajia | 2006-01-16 12:53 | 子育ち・親育て

日月還る処より

君をとりまく海は 母から流れ出てしまった

低くなった水面の下、君は何を見つめているのか
海底でゆっくりと、自らの存在をかみしめているのかい

心満ちるまで 身をひたしておいで

満ち潮につかった君と 昨日、行った浜に
巨大でかすかな足跡を残した龍たち
彼らが通り過ぎた1億6千万年前より はるか彼方から
君は母の元にすべり込んで来てくれた

生まれることは 素晴らしい

時空と因果を超えて
ただ来てくれたことに 祝福を
だから この再会に祝福を

心満ちるまで 身をひたしておいで

君が待っていてくれたように
母もいつまでも待っている

島で小さな柱を立てている
君の父と共に

天と地の十六の方位から波が打ち寄せる
日と月と星の浜で


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by rupa-ajia | 2005-12-26 13:57 | 子育ち・親育て