地上の天の川

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今朝は、近所の神野山に、カブトムシとクワガタの観察に行きました。
カブトもクワガタも、カナブン、蛾、蜂、蟻も、みんな元気いっぱいで、子どもたちは大喜び。
夏休みの自由研究、カブトとクワガタの観察記録が終わったら、逃がしてあげようね、と言っています。

 多くの生命が共存していることで、森が森として生きてくる。

今のような時代にこそ、しっかりと自然の声に耳を傾ける体験を大切にしたい。
子どもと一緒に、大人も再確認。

長く長く継承され続けてきた先人の知恵は、そのすべてが自然のなかに秘められています。
それはすべて、自然と謙虚な魂との対話によって生まれてきたのでしょう。
今ここの自然が、今ここで必要なことを、きっと伝えてくれている。
近頃ますます、地域の自然に近しさとメッセージを感じるのです。

さて明日から、また九州へ出張です。

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【ある古老(80歳)のお話】
昔は、カブトのことをヘイケ、クワガタのことをゲンジとよんどったんや。
子どものとき、よおヘイケとゲンジをつかまえて戦わせたけど、ゲンジの方が強い。はさみよるけ(はさむから)。
薪割りをしてたら、ゲンジの幼虫がコロコロでてくる。それを火であぶって食べるんやけどな、めちゃくちゃ美味しいんや。
カブトの幼虫はでかいのお。刈った草の山とか牛の糞の中におるもんやさきに(いるから)、食べる気せえへん…。

・・・
そして本題の、イベントのお知らせです。
最近、イベント告知が、どんどん遅くなる傾向があります。
今回のイベント日時は…、なんと今晩!

 誠に申し訳ございません!!
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【8/6(土)「七夕の集い」@神野山】

※「山添村イワクラ文化研究会」主催「七夕の集い」は、毎年、旧暦に近くなるように8月上旬に開催しています。

会場:神野山 森林科学館(奈良県山添村伏拝888)
  http://www.nara-e.net/goo/asobi/forestp-info.PDF
  (場所の問合せ:0743-87-0548 森林科学館)
参加費:無料
持ち物:懐中電灯(夜は真っ暗になります)、薄手の防寒着(深夜かなり冷え込みます)

午後3時 開場
 七夕の短冊飾り付け、
 ・抹茶のふるまい、流しそうめん、飲食の出店ほか

午後4時 ホームプラネタリウム組み立て教室
  (先着20名様 700円 受付3時~)

夕方5時 ステージがスタート!(例年通り、私は司会)
 ・石田世里子(Body Sonic)
 ・山口智(ハンマーダルシマー) 山浦庸平(パーカッション)
   あかりちゃん(舞)、ほか
 ・小山聡と「やまんと」バンド、伊川健一、ほか

午後7時過ぎ 竹筒ロウソク点火
午後8時 ステージ終了、お片づけ

☆お向かいの「健民グランド」では…
  【深夜まで星空観望会】
     大スクリーンに星のビデオ上映と星のお話も。

神野山は、天文ファンの間では有名な、星空観察スポット。
新月の近い日程で、晴れた夜には、燦々と輝く天の川、流れゆく星が堪能できます。

寝転がっていると、宇宙のただ中に存在しているという感覚が広がり、やがて自分自身が宇宙そのものであることが感じられます。
神野山は、古代から星々と非常に関係の深い地なのです。

さて「七夕の集い」当日は、大砲のような巨大な大型天体望遠鏡がズラリと並び、星空愛好家の皆さんがインストラクターとして、いろいろ教えてくださいます。
木星の表面の模様、絶妙な色合いの星雲…、とっても感動的です!!

そして600mにわたってイワクラが累々と横たわる「ナベクラ渓」は、現在、太陽電池で夜間ライトアップ中(8/20まで)。

これぞまさに、地上の天の川。
夜、早めの時間帯でしたら、イワクラがまだ温かく、穏やかな岩盤浴のよう。水は見えませんが、イワクラの下を流れる伏流水の音がこだまして、その響きも味わい深いものです。

星空の下、地上の天の川にて神秘のイワクラ岩盤浴。
天地を体感するにふさわしい時空なのです。


 太陽のエネルギーを蓄え放つ大地につながり、天へと広がる私。

 もっと、もっと、もっと大きくなあれ。

 もともとの大きさに、なあれ。



写真1 今朝、神野山中腹から眺める、我らが山添村。

写真2 生命たちの社交場、せめぎ合い、出会い…、 見飽きることがありません。
     クワガタムシの下に、雌のクワガタムシが守られて?います。

写真3 ナベクラ渓の太陽光電池によるライトアップは8月20日まで。
     周囲が真っ暗なので、夜は、まさに地上の天の川です。


 
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# by rupa-ajia | 2011-08-06 12:34 | イベント(ライヴ・ワーク等

6/22縄文音楽会@山添村・大川遺跡

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またしても前夜のお知らせになってしまいましたが…、
夏至の日の夕方~翌朝にかけて、山添村の大川遺跡にて、音楽会が開催されます。

詳細は↓
http://www.nuexpe.com/prhythm/index.html

主催のヨシタケさんは、春先から何度も山添に足を運んでくれました。
22日は、フランスのツアーから帰国直後。
大和高原に、新たな風を吹かせてくれそうですね。

・・・・
さて今日は、大川遺跡に前ウガン(前もってのお祈り)に行って来ました。

山添村のなかで、もっとも古い遺跡。
(旧石器~縄文草創期~縄文早期の集積住居跡)
私の大好きな聖地です。
そのエリア内に、もっとも大好きな聖域があって、
非常に古い空気に満ちています。

そこで22日のイベントの許可を願うお祈りをしたのですが、
結局は、このところの原発関連の動向に関する謝罪がほとんどになりました。

梅雨の晴れ間。
鳥の声、川のせせらぎ、爽やかな風。

光。

さんざめく自然の調べのなかで、
あまりにも心地よく、自分が消えてしまいそうでした。

宇宙のなかに融けゆく、
クリスタルボウルの響き、唄と笛の音。

ここ大和も、もちろん放射性物質は届いていることでしょう。

しかし、この地に限らず、どんなに汚染されていようが、
母なる大地は、やはり神聖であり続けると感じます。

それは執着ではなく、母なる大地への愛と敬意。
どんなことになろうが、私はこの島国の自然を愛し続けます。


そして私も、母親。

子どもを守ります。


 自然の調べのなかで


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21日、神野山山頂からの日没、とても美しかったです。


~~~~
追記

祈りに加えて、これからは積極的に声を上げるべき時。
関連地域の知事へのメールだけでなく、以下のようなものも。

NHKスペシャル「フクシマ後の世界」TV番組のアンケート(7/9)
http://www.nhk.or.jp/genpatsu/
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# by rupa-ajia | 2011-06-22 00:25 | 外部イベント参加・出店

エネルギー

3月11日以降、内にも外にも、いろんな思いがあふれてくる。
もう何が普通で当たり前なのか、よくわからない。

 でも確かに、心の一番奥底で感じていること。

今、生かされていることが、とても有り難い。
身近な家族や友人がとても愛しく思える。

何も特別なことはないけれど、
愛し、愛されていることが感じられて、とても幸せ。


   神さま、ありがとう。

   本当は、すべての時が特別だった。
   今、この瞬間ですら。

     なのに、ごめんなさい。
     本当は、知っていたのに。

   見失ってしまった、祖先の築いた道
   大地に名を刻まなかった無数の人々の合作
   埋もれた礎を、また見つけることができるのだろうか


 目に見えない猛威と戦ってくださる名もなき人々が、
 どうか無事でありますように。

 絶望のただ中にある名もなき人々の心に、
 どうか光が届きますように。
 

宇宙の宝物、子どもたちを守りたい。
すべてのエネルギーが、その希望に注がれますように。



  解き放たれ、融けゆく

  無数の私の、光
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# by rupa-ajia | 2011-06-09 17:43 | 子育ち・親育て

柳生さくらの集い ~地域の絆のチカラ~

  柳生さくらの集い 開催について

 この度の地震により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された地域の皆様とご家族の方々に、心から お見舞い申し上げます。
 一日も早い復興をお祈り申し上げます。そして、続く余震、停電、原発被害の影響等で不安な日々を過ごされておられる地域住民の皆様方におかれましては、早く安息の日々が訪れますことを共に祈願しております。

 今年で第6回を迎えることとなりました【柳生さくら祭】は、本年は【柳生さくらの集い ~地域の絆のチカラ~】と名称を改め 参加する人たちの東北関東大震災復興支援の動機付けとして 地域住民をあげて取り組みます。みんなでやれば大きな力になります。

以下により プログラムを変更いたします。
 (1) 大阪城鉄砲隊による 火縄銃発砲イベントの中止
 (2) 地区の防災について考える展示コーナーの設置
 (3) 東北関東大震災義援金 募金コーナーの設置

 小中学校の複式学級や小規模校として存続も危ぶまれているこの地域の現実を踏まえ、若い方々に帰って来ていただき、子どもの笑い声の聞こえる里を取り戻すために 里の一番美しいときに「里を愛する気持ちの豊かさ」と「地域の結集力」を肌で感じ取っていただけると信じて、「柳生さくら祭」を開催しております。
 また、観光開発としての意味も大きく 地区外の人々には「豊かな自然」と歴史が培ってきた「祈りの心」を五感で感じる柳生地区の魅力を訴えるものであります。

 被災地も含め、今の日本にとって一番必要なのは、「地域の絆のチカラ」と「明日への希望」です。
 地区の皆様方におかれましては、開催の意味をご理解いただき、ここへ集うことだけで意味のあることを知っていただけるものと信じております。地区から出て行かれたご家族のみなさまにもお声がけいただき、ご参加されることをおすすめいただければ幸いと存じ上げます。
 いつもあたたかく見守っていただき さらにはご協力いただいております柳生地区住民のみなさま、地区外のみなさまには、心より感謝いたしております。
 たくさんの笑顔が桜の花びらと共に満開で集うことが出来ますようお願い申し上げます。

                                    柳生さくら祭実行委員会

【柳生 さくらの集い ~地域の絆のチカラ~】 

 とき 4月9日(土)・10日(日) 9:50~16:00
 ところ 柳生陣屋跡:小雨決行【雨天時は柳生中学校体育館】

主催:柳生地区自治連合会・柳生観光協会
主管:柳生さくら祭実行委員会
後援:柳生地区万年青年クラブ・消防団柳生分団・柳生小学校・柳生中学校・柳生保育園・布目保育園・市柳生公民館・柳生剣友会・神護山 芳徳寺・柳生花菖蒲園・柳生地区スポーツ協会・柳生青年団・邑地青邑会・丹生青年団・ネットワーク「やまんと」 ・奈良市


■プログラムについて
詳細は以下サイトをご覧ください。
http://www.yagyu.com/yagyu/sakuramatsuri/2011sakuramatsuri.htm

■大和高原の「おかげ踊り」について

・奈良市田原地区伝統芸能保存会
1983年6月、祭文語りと祭文音頭が奈良市無形民俗文化財に指定されたのをきっかけに、保存会を発足。奈良県下だけでなく、全国各地、時には海外でも披露するなど、田原地区の伝統芸能・文化を多くの人に発信しています。
1999年3月には、祭文語り、祭文音頭に加えて、おかげ踊りが、奈良県無形民俗文化財に指定されましたが、一地域に3つの県無形文化財があるのは、日本で田原のみ。
祭文語りは、室町時代に始まったと伝えられており、浪曲や三河万歳のルーツといわれる芸能。田原地区では、法螺貝と錫杖を使った珍しいものです。他にも江州音頭や河内音頭の基になったといわれる「祭文音頭」も、非常に貴重な音頭。また田原地区の「おかげ踊り」は、円舞の中心で、巨大な御幣を上下させるのが特徴。
毎年、夏の盆踊りには、祭文踊りなどのほか、吉田踊りや大正節など、今でも10種もの踊りを楽しむ田原地区。これらはすべて生唄ですが、楽譜はなく、耳で覚えて手習いされています。

・菅生おかげ踊り(菅生「スゴウ」は、山添村の東部に位置するムラ)
1992年3月に、県無形民俗文化財に指定された「菅生おかげ踊り」。文政13年(1830年)に流行した、集団での伊勢参り、いわゆるおかげ参りに伴って生まれました。大和高原には、古くから伊勢信仰が浸透していますが、菅生の村でも、7つの講をタイ(組織し)て、すべての家がいずれかの伊勢講に加入し、4年に一度、代参人を決めて今も4月初旬に伊勢神宮にお参りしています(現在はバスにて)。
そしてその翌日は、「足休み(アシヤスミ)」と称して、講ごとの当家(宿元)宅で、賑やかな宴を催します。この祝宴の最中に、各当家へ、趣向を凝らして様々な扮装・仮装をした人々が、講単位で躍り込みをして、酒や食事のもてなしを受ける習わしがあります。この時の踊りが、「おかげ踊り」で、他にも「お伊勢参り」や「住吉参り」も踊ります。
「おかげ阿波から、踊りは河内、施行(センギョ)初めは大和から」という唄に合わせて、幣を束ね柄をつけたシナイを持ったり、扇を両手にしたり。

お伊勢さんのおかげを賜り、村は大きな災害にも見舞われませんでした。
今のこの厳しい時代にこそ、このような、心を一つにできる踊り、伝統文化を継承していくことが大事なのでしょう。神仏に拝礼をして、息災で穏やかに暮らせることの祈りを込めて、伝統の「菅生おかげ踊り」を披露させて頂きます。

・・・………以下、個人的な思いを少し。。。

この震災被害を無駄にしないため、そして美しい故郷の自然を次代へ継承するために、今こそ全身全霊で取り組まねばいけないと思っていることがあります。

・原子力発電からの卒業(+節電)
・地域ごとの代替エネルギー

今まで数々の脱原発・反原発運動が繰り広げられてきましたが、ことごとく官僚・中央政権・官製学者たちから無視されてきました。
原発利権をめぐる癒着構造は非常に周到に仕組まれています。
【10日の知事選挙の争点は、エネルギー政策に尽きます】
※参考「佐藤栄佐久・前福島県知事の告発」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110330-00000301-sasahi-pol
私は、希望は【古から】未来へ続いていて、その土壌は【地域】であると感じています。
 私たち祖先が継承してくださった、1万年以上前から変わらぬ事実として。

例えば、上関原発の工事を約30年もの間、阻止していたのは、【地域の絆のチカラ】でした。
祝島の地域の方々の郷土愛を核にして、その生活文化に敬意を示しながら、各地からサポートが加わったのです。
そしてこれからの自然エネルギー導入にも、地域の絆のチカラが必須。

今まで一部権力者たちは、全国から集結した膨大な数の署名を闇に葬ってきました。
彼ら権力者がもっとも恐れるのは、地域の絆のチカラです。
地域が多様な個性(性格、世代、職業、植物種、動物種…)を生かし、本当に一丸になったとき、【古から】未来へのエネルギーが生まれます。
   時空を超えて祖先の魂とつながったときに開く、未来の扉
※参考「被害を抑えた防災意識の高さ 石巻市水浜集落」
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110402/dst11040214030016-n1.htm
そして地域の生活文化、地域の伝統芸能は、その地場を生み出す智恵の結晶です。
・・・・
地域の伝統芸能について、思うところを書いてみたいと思います。
私たち日本人は、季節折々に、地域ごとの聖域(神社仏閣など)で伝統芸能を楽しんできました。
時期としては、お盆、正月、収穫期、彼岸など、たいがい季節の変わり目、節目に催されることがほとんど。
そして、より大きなタームで見たとき、一年の中での節目だけでなく、時代の変わり目、節目にも、独特な伝統芸能が生み出されました。

なかでも顕著なのは、輪踊り、輪舞です。
何かの発端で生まれ、またたく間に民衆の間に広がり、広域にわたってエネルギーを活性化させ、時代の変換を促す。
 鎌倉時代、一遍上人の念仏踊り。
 江戸末期の、おかげ踊り。
流行のルーツは、縄文時代以前と感じています。ミクロネシア、ポリネシア文化圏の輪舞は、日本の盆踊りにそっくり。

そして、その特徴は以下の通り。
・振り付けが簡単で、指導が不要。踊りの輪に入れば、老若男女みんな、自然に体が動く。
・音楽や歌詞は、楽譜に記されず、口伝えで継承される。即興性が高く、個性が尊重される。微妙な音のズレが、得も言われぬ独特な時空を創造する。
・結果として地域色が生まれ、風土と時節に合った、「今に生きる輪」が誕生する。

・・・・
ところで明日から2日間、開催される「柳生さくら祭」改め「柳生さくらの集い」。
9日は各種古武術(伝統芸能の身体操法とつながっています)の演武が充実していますし、10日は、大和高原で継承される2種類の「おかげ踊り」が披露されます。
このおかげ踊りは輪踊りで、2種ともに県無形文化財指定ですが、両方が同じ場で披露されるのは、史上初のことです。
大和高原の伝統芸能は神事にまつわるものが多く、ステージ企画には不向きです。
しかし、大衆的な輪舞のなかでも、躍り込み・ゲリラ的な要素のある「おかげ踊り」は、ステージにもふさわしいものとして、かねてよりこの企画を考えていたのでした。
有り難いことに、今年に入ってすぐに2団体からの快諾を受け、早速に告知せねばと思いながらも、なかなか筆(?)が進みません。 そうこうするうちに、今回の震災が起こってしまったのでした。

震災後に開催された、柳生さくら祭実行委員会・全体会議。
その日は、震災からまだ2週間も経っていない時期。全国的に自粛モードが広がり、奈良県下の行政イベントはことごとく中止になっていました。

柳生の里人の気質は、非常にストレート。
予想通り、開催をめぐって、本音・本気の討論が始まり、公民館会議室は騒然とした雰囲気になってきました。
「この時期だからこそ、このプログラムを決行する意味がある」。
「東北で苦しまれている方々がおられるのに、こんなプログラムは許されない」。
そんな柳生弁を聞きながら、私は胸がいっぱいになっていました。
どちらの側につく、という感じではなく、みんなのすべての思いに共感できて、まさに文字通り、胸がいっぱいになったのです。 一人一人のあるがままの思いが身に染みて、ただ心がふるえていました。
 本音の意見が、とても有り難く貴重で、嬉しいこと。
 「こんなことをしていいのか」という思いにも、実は共感できること。

本音の討論を経て、やがてその場に一体感が生まれ始めました。
地域のこと、東日本のことを思い、ここまで本音をあるがままに言い合える山里。
祖先が継承してくださったものは、すべて「今ここ」に。

 今ここで、私たちにできること。

 東方の方々を迎えるためにも。

 今住んでいる地域で、チカラをつなげること。

    地域の絆のチカラ。
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# by rupa-ajia | 2011-03-25 11:50 | ◆柳生さくら祭

カミノセキ 母の祈りに応えるとき

長らく日記を書いていない間にも多くのことが起こっていましたが、今回はそれらのことはすべてとばして、上関原発について思うことを書いてみたいと思います。

私は今まで上関原発関連の動きに、具体的に加わったことはありません。
しかし一昨年だったか、祝島のドキュメンタリー映画のチラシに載っていた島の古老たちの写真を見かけて以来、ずっと心にとめて、原発工事が撤回されるのを祈っていました。
チラシに掲載されていた古老たちの微笑みは、とても温かく、やさしく、私が暮らす大和高原の古老たちと同じ表情をしていました。
・・・
ここ大和高原の暮らしにおいて、古老と子供たちは、特別かつ不可欠な存在です。
古老、特に現在70歳代以上の方々は、石油エネルギーに依存しない自給自足の暮らしを営んでこられた世代で、おしなべて皆、微笑ましいほどに個性的です。

長閑な里山の風景にとけ込み、大地と同化するかのように身をかがめ黙々と田畑を耕す古老たち。 普段はきわめて地味で目立たないながらも、年が長ずるにつれてムラ(集落)の祭事の折には、神官となって粛々と段取りを整えます。

 同じく欠かせないのが、子どもたちの笑い声。
古老と子どもがいるからこそ、かくも美しい山里。

祖霊とつながりながら里を守り続けてこられた古老たちに接するとき、いつも敬意と感謝があふれてきます。そして週末、ムラの中に響きわたる、やんちゃな子どもらの声。
これ以上は何もいらない、そう思える日常の温かなひとときです。

・・・
先日から、かねてより気になっていた上関原発の工事が強行に進められているとの情報が入り、しかも警備隊との衝突で、祝島の高齢の女性が負傷したという一報を知ったとき、文字通り、胸が張り裂けそうになりました。

島や山間部に長く暮らしてこられた70歳代前後以上の方々は、長年にわたって、この島国の日常の霊性を底辺から支えてくださった、無形文化財級の存在です。
そして今なお、日本の主食の自給率を支え、荒廃が進む田畑を維持する最後の砦となってくださっています。
敬愛すべき古老たちに、そんな対応をとるとは、、まったくもって信じられません。

山口県の瀬戸内海に浮かぶ島と言えば、まず思い浮かぶのが、尊敬する民俗学者の故・宮本常一の故郷、大島です。
全国の古老たちから生活誌の聞き取りを行い、高度経済成長期にあって、世間から忘れ去られようとしている辺境の地の生活文化を記録し続けた宮本常一。

常に「大島出身の農民」であること公言しながら、山村や漁村を歩きまわった宮本常一の姿に、故郷の愛を感じるのです。
農民・漁民不在の観光開発に異論を唱え続けていた宮本常一が、今この状況を知ったら、何と思うでしょう。
教育機関やマスコミは、有名人の偉業のみを伝え教えようとします。
しかし実際にこの島国の衣食住を支えてきたのは、まったく無名の庶民たちであり、その心意気は本来、日常生活のなかで自然に教わるものでした。

祝島の古老たちは、決して原発反対運動だけをしているのではないと感じています。
 それは、ただ故郷を愛して愛して、愛し抜いている姿。
私たちは、彼らから何を学び、何を思い出すことができるでしょう。

私は、大和高原に暮らすイチ母親として、もうこれ以上、多様な自然と地域文化を根絶やしにするような施策を続けてはならないと、強く感じます。
祝島の古老たちの声に応えるために、できること。
まずは電力消費を抑えるために、不要な電化製品は使わない、不要な電源は抜く(特に保温機能)、なるべく家族が同じ部屋で過ごすなど、日常の小さなことの積み重ねこそが肝要なのでしょう。

しかしさらに長期的にみるならば、一人一人が今、暮らしている地域を愛するというのも、非常に大切なことだと思うのです。今回、上関の動きの中心軸となったものは、祝島の人々の郷土や子どもたちへの思いでした。

都会の現役世代よりも、ある意味、より個性的で多様な古老たちが、どうやって等しき和を保って里を守ってきたのか。
実際に里で暮らしてみて、ますますその心を言葉で表現することに困難を感じている私ですが…、とにかく言えるのは、地域への愛があってこそ、多様性が生きてくる、ということです。

原発建設に注入されるエネルギーと資金を、電力会社と協力しながら、より小規模で地域生活になじむ発電施設の開発に転換させる。そんなオルタナティヴな方向。
これはまさに、郷土愛なくしては始まらない作業です。

~~~~~~~~~~~
上関原発工事の今
http://iwaijima.jugem.jp/
周辺の自然環境
http://sunameri09.blogspot.com/2011/01/6.html
狙われる農村・漁村
http://www.youtube.com/watch?v=G2oDvAn_zdQ&feature=related
「地下深く永遠に~核廃棄物10万年の危険~」
http://bit.ly/ha1GHT 
~~~~~~~~~~~
さて前述した、大和高原をはじめとする農村や漁村での古老たちの役割の大きさについてですが…、参考までに以下、宮本常一による故郷の大島についての記述を引用させて頂きます(長文で申し訳ございません)。

今から約80年前、瀬戸内海の島々の日常。

   想像していただけると幸いです。

              宮本常一『家郷の訓』から 「母親の心」の章 抜粋

(前略)
素直に子供たちを他郷へ出してからの女親たちの子への思いやりも実に深いものであった。子が他郷にあるほどの女であればほとんど一様に朝早く氏神様へ参るのである。これは雨が降ろうが風が吹こうが、おかまいなしに毎日続けられる。たいていは皆朝飯を炊くまえに参るのである。先ずお宮の前の浜に出て潮ばらいをする。自らの額に潮水を三度指先でつけ、四方を潮で祓うのである。そして手に砂・礫などを持って神前に至り、この砂礫を投げてていちょうに拝む。この参拝は決して一回だけではなくて、三回も五回も、時には十回もくりかえされて、家へ戻って来る。家へかえる時、お潮井または砂などを持って来て家の中をきよめる。それから朝飯をたきにかかるのが普通である。

 私の家は氏神様のすぐ下にある。十年あまり前病気で二年ほど故里の家に帰郷していた時、毎朝目をさまさせられるのは、この宮参りの人の石段を上り下りする下駄の緒とであった。その音は必ず朝三時半頃から起った。

(略)
家の前の道を女の話声がすぎて行くと、家でもかならず戸のあく音がする。母が宮へ参るのである。(略)親戚の女であれば「おかか」または「これのおかか」と声をかける。他人だと「おばいさァ」「よういおばいさァ」などと言う。私もねていてそれが誰だということが分る。(略)その足音が浜へ下りると消える。次に柏手の音がする。海の沖の方を向かって拝んでいるのであろう。しばらくすると石段をのぼる音がする。柏手の音、石段をのぼる音が無数に折り重なって来る。それに話声が交る。静かな朝などは、それが一種のリズムをおびてさえきこえるのである。本当に信心な人は、それから寺および自分の家の墓まで参って来る。雨の日などはピチャピチャと水の中を裸足で歩いて行く音をよく聞く。私はそこにひたぶるな女親たちの子への慈しみの心をきくように思うのである。

(略)
傍らで祈っている女親の低いしかし迸(ほとばし)り出る熱い声をきいた。旅にいる子供の名をつぎつぎによびあげて、「どうぞマメ(健康)であるように息災なように。もし病気にでもなるようなことがあったら、どうぞこの私をかわらせて頂きたい。たとえどのような苦しみをうけましょうともよろしゅうございます」というものである。しかもこれはこの一人の女親だけの言葉ではなかった。すべての女親たちの言葉でもあった。真心をこめてかく祈っているのである。(略)親たちはかくまでにその子を愛してその子の命をいたわっているのである。

(略)
家々ではまた陰膳を供えた。(略)弟を養子にやって他所へ出したので、弟の膳箱があいたが、やはり膳だけは出させ、われわれの食べるものと同じものをついで膳の上へおいた。その膳の一隅にはいつも写真をかざった。(略)この頃はこの陰膳ばかりが実に殖えていて、私の帰郷している時など箸を持って食べる者は母と私だけ、後は皆はるかなる彼方の人びとに供えているのである。それがまた姉、弟、私の妻、私の子を初め、両親を失って他郷にある近所の若者、私の家に下宿していた数人の兵隊さんと実に十近くも食物を盛った皿と茶碗と、その写真がならぶのである。かくて一人の女親の愛情はその肉親の子にのみ限られてはいないのである。

(略)
かつて飛騨山中のさる農家の井戸ばたに、茶碗に一杯の水の盛ってあるのも見てたずねたら、その家の老女が戦地へ言っている兵隊さんたちが喉の乾かぬようにとの心から毎日供えていると話してくれた。自らの子を愛する心の深い人はまた他人の子をも同様に愛し得たのである。

(略)
「私は神仏を拝むのも、人に功徳をほどこすのも一つだと思いまして。」(略)自分の息子が旅でどんなお世話になっているやら分らぬと思うと、困っている他人もおろそかには出来ないとのことである。親として最もうれしいのは子供が他人に親切にされたことだという。このようにして子への愛情はまたひとり子にとどまっているものではなく子を通じて発展するものであった。
 かくしていったん手ばなした子供たちに対して、その理解とあきらめのよさの中に神明の加護が祈られていたのである。(略)自らはその不安もさびしさもかくして働いた。

(略)
父なき後、母は、祖父が、また父がこの上もなく愛し血の通うほどに耕した田畑をその死の日まで耕そうとしている。どのように町へ出ることをすすめても母は出ないのである。母には私たちの心がよく分るばかりでなく、それ以上に祖父や父の気持が分っている。そうしてこの土地にこもる先祖の魂に殉じようとしている。
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# by rupa-ajia | 2011-02-25 13:33 | 子育ち・親育て

春に向けて(随時、情報更新中:12/12のプログラム詳細更新)

この数ヶ月間、お伝えしたいことが山積していたのですが、どんどん次の流れがやってきて、なかなかタイミングを掴めず、、いつの間にか師走になってしまいました。

例えば前回の日記は、有里さんのライヴ。。
随分と昔のような気もしますが…、思えばライヴを挟んだ数日間、滞在の方々とのディープな日々。あの流れのなかで、思わず涙を流した方が何人も、いらっしゃいました。音楽が終わった後も、みなさんとの響き合いは、いつまでも心に残りますね。
本当に、ありがとうございました。
・・・
秋からの仕事も、非常に意味深いものばかり。各地での取材に合わせた旅でも、多くの出会いがありました。出会う方々、導かれた聖域、目覚めつつある輝ける存在たち…。
神々の引き合わせに、心からの感謝でいっぱいです。

しかし何よりも特筆すべきは、この大和高原での日常。

今年の紅葉は非常に美しく、毎朝・毎夕、ため息の出るような景色でした。地域の先達たちとの恒例イベント(ドブロクの仕込みなど)に加え、各種行事など。(これはみなさんにも告知すべきだったと、今さらながら、反省)
それと母としては…、昨今の「食」について、いろいろと考えさせられる機会がけっこうありました。この所感は、またの機会に。

それしにても、住めば住むほどに、この地の先人の方々が積み重ねてこられた智恵と愛の大きさに、圧倒されます。
豊かに色づく里山に、見事に調和して優しさを広げてくれる、地域の古老たちの表情。
美しく優しく守られ続けてきた、氏神を中心としたムラというシマ(宇宙)。
このただ中に住まわせて頂くことができて、本当に有り難くてたまりません。
そしてますます、それを表現する言葉を失っていくのです。

でも、しかし。 とにかく、お知らせせねばならぬことが!!

それは2011年 柳生さくら祭の日程。
2011年4月9日(土)・10日(日)に、正式に決定いたしました。

非常に個性的な気風の残るムラ、柳生。
そこから急展開で脱出することになったにもかかわらず、移住後も、実行委員会・企画委員会に招集して頂けるとは…、大和高原の伝統的なムラ関係の中では、極めて異例のこと。

大和高原を離れるやいなや、「早く帰っておいで」と声をかけ続けてくれた、心の故郷、柳生・大和高原の方々。 どんなに小さなことでもいいので、恩返ししたいのです。

今年のさくら祭は、【大和高原の伝統芸能】をテーマに、非常に興味深いプログラムを考えています。
都祁の「題目立」、大柳生の「太鼓踊り」など、かなり有名になった芸能もありますが、大和高原には他にも、各ムラに貴重な芸能が数多く、密やかに継承されています。

「芸術化・家元化・宗教化」されずに、山里の生活のなかで里人によって必然的に継承され続けてきた芸能は、実に晴れ晴れしく、誇らしい。
祖霊との交歓、新旧の里人たちの交歓によって、ムラの活力が更新される祭祀でもあります。

衣食住を自ら産してきた、里山の暮らしと関わりつつ継承されてきた伝統芸能。
大和高原は、その宝庫です。
この貴重な生活文化は、実際に里山で古老たちの背を見て、子どもたちの笑い声を聴いてこそ、体感できるもの。(昨今、「里山自然環境整備士」なる資格制度<?>があるそうですが、その制度そのものが、山里の核となる「祖霊との絆」を希薄なものにしてしまう可能性も、、あるかもしれないと感じることがあります)

「伝統」というものが決して堅苦しいものではなく、日常のただ中に新たな生命を注ぎ込みながら、みんなが子どもに還ることのできる時空を広げてくれることを、大和高原は私に教えてくれました。

その歓びを、【2011年の柳生さくら祭】で、是非ご体験ください!
もちろん例年通り、各種古武術の方々にもご出演頂く予定。
どんなことになるか、、来春が楽しみです☆

・・・・・
そして、間近なお知らせも。

数年前に柳生のRupaで企画した「やまんと祭り」をきっかけに、大和高原の月ヶ瀬に移住された、ピアニストの国府さんのイベントをお手伝いすることになりました。
昨年2月1日にも、国府邸(WINDS OF ASIA 月ヶ瀬の家)にて非常に楽しい集いを展開しましたが、今回、さらに内容がパワーアップ。

下記のお知らせには「全員参加型・体験交流ライヴ」と説明してありますが、平たく言えば、「やまんと」(大和高原の移住者たちによる、ゆるゆるの多角的模索ネットワーク??)の忘年会に、本格的な音楽がプラスされたような感じです。そもそも 大和高原関係者は普段、それぞれの活動で忙しいので、なかなか集う機会がありません。久々にみんなに会えるのがとても楽しみです。
とにかく国府さんのピアノ、、本当にすごいですよ!

当日のだいたいのイメージは…、以下、昨年2月のイベント報告からご想像ください。
微笑ましいほどにユルいのに、東京首都圏なみのハイレベルな音楽。このギャップが心地よいです。
http://rupa.exblog.jp/10274651/
音楽好きな方、田舎が好きな方、餅つきをしたい方、とにかく楽しみたい方。是非是非、お気軽にご参加ください~☆
(遠方からお越しの方で、我が家「わのわ」に宿泊ご希望の方は、事前にご相談ください)

(当日、私は司会進行役ですが、いつものように、いろんなコトに気を取られたり巻き込まれたりして、つい脱線してしまうと思います。。なので、みなさんで、よってたかって、注意してやってください)


深々と大地へ還る、錦の紅葉

いよいよ迎えの準備が始まる

    卯の方から訪れる新しい光。

目には見えない小さな種が

芽吹きの兆しを広げて落ちた

    私の内に。


 水を注いで

 光を注いで



(以下、転送大歓迎:ご自由に要約してくださると助かります)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
         12月12日(日)
      WINDS OF ASIA 体験交流ライヴ
       ~古(いにしえ)から未来~
 約13時頃~約22時頃まで @WINDS OF ASIA 月ヶ瀬の家
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

"知る人ぞ知る伝説のピアニスト"国府利征(旧名・輝幸)。
彼の完全即興とコンテンポラリー音楽中心のソロピアノライブを中心に、ミュージシャン、アーティスト、自然農、食などに関わる仲間が結集し、オーガニックなコラボ、"お祭り的"参加型体験交流ライブを繰り広げます。
そして参加者お一人お一人と魂の繋がりを深め、地域に根差した文化を共に体験。
国府利征の音楽、仲間たちの奏でる型破りな音楽、大和高原の伝承文化、オーガニックな手料理、里山の原風景が広がる月と梅の里"大和高原~月ヶ瀬"…。
豊かな自然環境のなかで、神聖なパワーを受けつつ、共にお祭りを繰り広げましょう。

●出演ミュージシャン&アーティスト
国府利征【Pf/ピアニカ】、山浦庸平【Per】、山田晴三【E.Bass】、SHAVDO【Vo/Guit/ジャンベ/尺八etc】、ワンチ【Vo/Guit】、久保田"bota"将規【ミュージックコンクレート/VD】、こ山さとし【Vo/Guit】、伊川健一&ナチュラルファーマーズ、etc…
・スペシャルゲスト:マーティ・ブレイシー【ドラム】

●月ヶ瀬「葉香園」の辰巳さんたちによる紙芝居『月ヶ瀬物語』

(私の個人的コメント:お茶の産地、大和高原。最近、マスコミなどで移住者による無農薬栽培ばかりが採り上げられ脚光を浴びていますが、実は地元の方々にこそ、無農薬栽培の先駆者がいらっしゃいます。明治時代から山を開墾し、茶の苗木を植え育て、お茶の仕事を開拓されてきた寡黙な先達たち。月ヶ瀬の葉香園は、先祖代々の土地、自然を守るため、30年前から無農薬栽培に切り替えてこられました。さらには、月ヶ瀬に残されてきた伝説を物語りとしてまとめる活動も手がけ、地域活性化を目指して絵本にされました。是非、地域の方々の郷土愛に触れてください!:国府さん、地元の方へのお声がけ、ありがとう!)

●国府利征(旧名・輝幸) プロフィール
WOA 主宰 ジャズ・ピアニスト/作曲家。90年代初頭より新たなビジョンに基づく音楽を探し、ジャズ、ブルース、ファンク、クラシック、現代音楽、ヒーリング、ワールドミュージックなどの要素、東洋と西洋などの対極的要素を一つに融合。古代人の知る自然界=大宇宙のシステム(螺旋的フラクタル)を現代の音組織の中に見出した現代音楽の巨匠、ヒンデミットの作曲法を基に独自のスタイルを生む。01年の音楽生活35周年記念コンサートを皮切りに国府利征/WINDS OF ASIAを主宰。著名な音楽家と共に、斬新なジャズ/フュージョン、フリーミュージック系のコンセプトの下、東京や大阪などで活動展開中。またパーマ・カルチャー的生活からの表現を求め、大和高原に、WOA月ヶ瀬の家を開設。自然と向き合い、サラウンディングス・カルチャー(立体的に周囲の気配や環境と一体化する)音楽を追求。
http://blog.livedoor.jp/kokubu_pf

●当日のだいたいのプログラム
12:00Open
13:00 第一部 Start
 ・国府利征 (ピアノ)、山浦庸平(パーカッション)
 ・山田晴三( カリンバ) 
 ・餅つき開始(羽間農園のお二人)
 ・伊川健一&ナチュラル・ファーマーズ                    
 ・月ヶ瀬セッション
 <国府利征(ピアノ)、岡田嘉泰(ドラム)、山田晴三(ベース)、山浦庸平(パーカッション)、福永カヨ(ボーカル)>
 ・川村バンド(ピアノ、ドラム、ベース、ギター&ボーカル)
 ・SHAVDO ( 引き語り)
 ・国府利征 ピアノ・ユニット
<山田晴三(ベース)、山浦庸平(パーカッション)、スペシャルゲスト:マーティ・ブレイシー(元もんた&ブラザース:ドラム)> 
 ・ファイヤーダンス                                  
17:00 第二部 Start ~母屋にて~ 
 ・食事(離れで給仕、母屋でいただきます)
 ・映像 <窪田”bota"将規>
 ・小山さとし 引き語り                       
 ・トーク 松川一人(和心)、伊川健一(健一自然農園)  ~自然農法と里山のあり方~
 ・紙芝居【月ヶ瀬 梅と姫の物語】 辰巳洋子、辻井君代 
 ・わんち(引き語り)                            
 ・国府利征 ソロ・ピアノで締め            
20:20 終了予定

●参加費 当日:4000円、ご予約:3500円
 ※食事&餅つき 込み:マイカップ&皿ご持参ください。 
 ※中学生以下は食事代のみ。個別にご相談ください。

●お問合せ&ご予約 wa-wa@kcn.jp
           050-5005-4383(わのわ)

●当日のお問い合わせ 090・7472・7037

●会場 WOA月ヶ瀬の家(奈良市月ヶ瀬石打)
    名阪国道「治田」ICから車で10分弱 
    駐車場は阿弥陀寺の向い(徒歩5分)
    または、奈良交通バス停「石打」徒歩すぐ
 (バスは本数が少ないため、お車での参加者の皆様に同乗をお願いさせて頂くこともあります。何卒宜しくお願い申し上げます)

●他、関係者による出店も。
・オススメ!~羽間農園の【天日干し&手作りのお茶】~
昨今、自然食品店でも自然農や無農薬のお茶が登場し始めていますが、天日干し&手作りのお茶というのは、なかなか目にする機会がないものです。その理由は、大量生産できないから。四国の山間部に行けば、今でもお年寄りたちが自家用の釜煎り茶などをつくっておられますが、その心身を癒す「太陽の滋味」は、逸品中の逸品です!機械乾燥と天日干しのお茶は、まったくの別物と言っても過言ではありません。
大和高原の先達の方々から、昔ながらのお茶づくりを敬意をもって学び、地道に継承されている羽間農園の羽間さん。非常に謙虚な方で、なかなか表に立つことはありませんが、ブレることなく真摯に頑張っておられます。今回、少量ですが、羽間農園のお茶も販売してもらえることになりました。

もちろん、目立たずとも真摯に頑張っている若手の仲間が、大和高原には他にもたくさんいます!出演者のこ山さとし君も、田畑とお茶、頑張っていますよ! 是非是非、エールを送ってあげてくださいね。

●企画 国府利征
●主催 国府利征 WOA@大和高原~月ヶ瀬実行委員会

※今回は来春開催予定の『WINDS OF ASIA@大和高原~月ヶ瀬』のプレイベントです。
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# by rupa-ajia | 2010-12-02 11:59 | イベント(ライヴ・ワーク等

8/29吉本有里コンサート@山添村・神野山

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                8月29日(日)
      吉本有里(with夏秋文彦&みなさん) コンサート
           シェアリング&夕食交流会
 
   CD「龍神さま」リリース記念 ~深き根の力をつないで~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

●日時  8月29日(日) 午後2時開場、午後3時開演
●場所  神野山 森林科学館(山添村伏拝888)
       http://www.nara-e.net/goo/asobi/forestp-info.PDF
         (集合場所の問合せ:0743-87-0548 森林科学館)
      ・夕方からのシェアリングと交流会の場所は、神野山の麓の「わのわ」
          (コンサート終了後、送迎致します)
●参加費  コンサート&シェアリング ご予約 1800円、当日:2800円
                      夕食交流会 1000円 【玄米菜食:要予約】
●ご予約&お問合せ  「わのわ」  wa-waアットマークkcn.jp
                       http://rupa.exblog.jp
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一見、封建的に思われがちな少数民族の地、大和高原に暮らして7年。この地は、家族の近代的な定義に囚われることなく、日常へと昇華してくれるような、新旧のおおらかなスピリットに満ちています。
家庭内のお盆行事にも顕れているように、土着の風習は、一見、「形式的」だと思われがちです。しかし実際にその一端に触れてみると、家ごとに異なる多様なしつらえが、【家族を取り巻く世界をゆるりと広げてくれる】ことに気づくのです。

「人間関係」という目に見えるものだけに注視しがちな現代人の限定的な意識を解放し、時空を超えたリアルな魂の交歓を促す。

そんな家の祭祀の中心にあるのは、日常の「衣食住」です。
なかでもとりわけ「住」、つまり「家」がポイントになっているように思います。

祭祀は家ごとに非常に多様性に富んでいて、他家をまったく気にすることなく、家族みんなが堂々たる神官を勤めます。 必要な道具類は、田畑や裏山で採取した素材で工夫をこらしてしつらえます(宗教や家元制度のように、総本山から取り寄せる必要はナシ)。 マニュアルや講習会受講の必要もなく、長生きしている人から若い人へと、段取りは自ずから伝わっていきます。

そしてムラで生活してみて感じるのは、決して血縁だけが重んじられているわけではないということ。かといって、地縁だけを重視しているでもない。
かつて大家族であることが一般的であったこの地域では、「家族」の内訳は非常に多様で、見ず知らずの居候の滞在のほか、カイコ、ニワトリ、牛、ヤギ、羊などなど…、非常に賑やかな日常が母屋で繰り広げられていたようです。

 要するに大切なのは、【同じ屋根の下】ということ。

家の祭祀とは、【目に見えない存在をも含めて、同じ屋根の下、共食の絆を再生するためのバトンのようなもの】だったのです。

 この家で、みんなで仲良く暮らしていこうよ
・・・……
ところで今月末8/29に、友人の吉本有里さんのコンサートを企画することになりました。
今年6月に発売された有里さんの新CD『龍神さま』のレコーディングに、私も子どもと一緒に参加しているのですが、不思議なことに、その制作プロセスが、今住んでいる「家」との出会いにパラレルにつながっているのです。

昨夏から、有里さんの長野の「家」を訪れる度に、私の「家」を巡る変化が一気に加速されていきました。
昨年11月23日に長野で『龍神さま』のレコーディングに参加した直後、「3-222-1」から「322-1」へという番地の住所へと移転する話が突然に浮上し、1月23日の二度目のレコーディングの日、正式に住所変更となったのでした。 常にかかわってくる「1、2、3」の数字。
そして今回のCDのコーディネイトをメインで担当した夏秋さん(ヒコさん)も、レコーディング中に長野で素敵な家と出会い、関東から移住して田舎暮らしをスタート!

・・・……
11月のレコーディングは2泊3日で、有里さんちに到着してすぐ、滞在メンバーの食事を急遽、私が担当することになり、3度3度のメニューを考え続けた3日間。
CDには、料理の間に気分転換に遊びで適当に吹いたソプラノリコーダーも入れられていて、お恥ずかしい限りです(下手っぴ!)。

1月の録音では、当初、私は20年近く愛用しているバスリコーダーで参加のつもりでした。
ところが、昨年、柳生の家を脱出した際に行方不明になっていた大切なバスリコーダーは、どこを探しても見つからず。そこで長野に行く前夜、購入以来、20年近く一度も吹いたことのない、お蔵入りになっていたグレートバスリコーダーを取り出してみました。
通常、木製リコーダーの新品購入の際には、毎日5分ほどずつ吹き込み、徐々に湿気に馴らしていきます。
木製リコーダーは急な湿度の変化に弱く、購入してすぐに1時間以上、吹くことは、まずありません。 で、レコーディング前夜、購入以来、初めてグレートバスリコーダーを少し試し吹きしたところ、なかなかいい感じ。 有里さんが送ってくれた曲「龍神さま」のデモCDを聴いたところ、すぐにオブリガートっぽい旋律が出てきたので、紙にメモって、翌朝、長野に向かいました。

長野に到着すると、夏秋さんが「龍神さま」の壮大なイメージでの編曲を試みていて、まるで大河ドラマのテーマ曲のように重厚な響きになっていました。
結果的に言うと、バスリコーダーより、グレートバスリコーダーの方がふさわしかったのです。
徐々に吹き込むことをせず、2度目の試吹で録音にチャレンジするという非常識な展開になってしまいましたが、下手な笛の音も、みんなの心温かなサポートで何とか収拾がついて、ホッと一安心。

完成したCD「龍神さま」では、グレートバスリコーダーの低音の響きがまさに、大地の龍、黒龍の波動となっていました。 龍笛や石笛の響き、天の龍に誘われて、長い眠りから目覚めようとしている古代、大地の龍です。

かねてより私は古代の大地のスピリットと縁が深く、古き存在にかかわる役割が常に巡ってきます。 近年、各地の古きスピリットの目覚めとともに、私自身の身辺も変化し始め、本来の私自身への再誕が強く促されるようになっていました(魂は、何度も何度も再誕を繰り返します)。

グレートバスリコーダーの登場とともに、アラタナ(新たな)再誕の場、つまり、ス(巣:家)との出会いが浮上したのも、非常に意味深いご縁だと感じざるを得ません。
やはり大和にとって、いつも諏訪の古き大地のエネルギーが大きなサポートになってくれるのを感じます。

 家でもっとも大切なのは、基礎。

この大地にしっかりと根ざしてこそ、柱が建ち、棟が上がり、皆が集うことのできる屋根ができます。 そして火と水の交わる「食」を共にする場、「家」が生まれるのです。
 何よりもまず、母なる大地に根ざすこと。
この地上世界における母性とは、リアルな自然、つまり地球の母性と共鳴してこそ発露されるものであって、それはこの普段の日常生活で、今ここの大地に根っこを生やすことから始まるのでしょう。

・・・……
ところで有里さんの自宅での企画、この夏のリトリートのテーマは【ほんとうの家族】とのこと。
夏休みの最後に、家の根っこ、家族の根っこを、みんなで見つめ直してみませんか。
厳密な意味での「一人暮らし」って、あるんだろうか。
隣の家と、同じじゃなくったっていい。

一人一人がこの大地とつながって、みんなで同じ一つの屋根を支えていればいい。

大和高原の家庭内祭祀が教えてくれること。
陰陽和合の秘儀は、足下にこそ。
クラタテ神事のカタチが何故、クロス(十字)に中心なのか。
年迎え行事の拝み膳のレイアウトが何故、クロスに中心なのか。

 みんなで和合して、一つの屋根を支えるため
 地に落ちた種は、まず根を伸ばし、芽を出す

 今ここの家族とともに、「屋の根」を建てよ
 これぞ、クラ(神座)タテ
天に伸びた、クラの突端に降臨するもの

 龍神さま

(以下、有里さんの曲「龍神さま」の歌詞より)

 太古の昔、降り立った 龍の姿の木の根たち
 男と女の異なる波動が ひとつに溶け合って

 新しい世をつくりましょう
 新しい世を迎えましょう

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    8月29日(日) 午後2時開場、午後3時開演
   吉本有里(with夏秋文彦&みなさん) コンサート
         シェアリング&夕食交流会
 CD「龍神さま」リリース記念 ~深き根の力をつないで~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

●出演  吉本有里(唄、ギター、バイオリン) http://ainohanam.exblog.jp/
      夏秋文彦(ピアノ、鍵盤ハーモニカ、パーカッションなど:スゴイですよ!)
      山浦庸平(パーカッション、クリスタルボウル、コーラスほか)
      近藤直子(各種リコーダー、コーラス)
      会場の皆様(コーラスほか:皆さんもお好きな楽器をご持参ください。「ケゴン」という曲では、子どもたちと一緒に遊びましょう!)

●参加費 コンサート&シェアリング ご予約 1800円、当日:2800円
      夕食交流会 1000円 【玄米菜食:要予約】

★会場の神野山「森林科学館」への交通アクセスについて
 ちょっと不便なところですが、いつも何とかなっています。何でもご相談を!
http://www.nara-e.net/goo/asobi/forestp-info.PDF

・お車で…名阪国道「神野口」ICから北へ10分。「神野山」の標識に従って神野山を上ると右手に「森林科学館」があります。

・お車のない方…JR・近鉄奈良駅から奈良交通バスがオススメです(のんびり夏の景色を堪能できます)。バスの時刻表に合わない方は、各地から車で来られる方との同乗をコーディネイトやスタッフ送迎をさせて頂きます。最寄り駅など、詳細をメールにてお知らせください。ガソリン代のシェアをお願いさせて頂く予定です。
  
・奈良交通バス 時刻・運賃検索サイト(日祝でご確認ください)
  http://jikoku.narakotsu.co.jp/form/asp/

※JR奈良駅13:31発(6番のりば)、または近鉄奈良駅13:34発(4番のりば)の「122下水間」行きの奈良交通バスがオススメです。終点「下水間」までお迎えに上がります(送迎車:要予約)。

※近鉄・JR天理駅11:30発(2番のりば:「17国道山添」行き)もご利用可能です。バス停までお迎えに上がります(送迎車は要予約、12:33着)。

※関東方面の方は、「新宿~大和高原・山添」の奈良交通バスの夜行バス(やまと号)もオススメです。バス停まで要予約で送迎いたします。  http://www.narakotsu.co.jp/kousoku/yakou/shinjuku_g.html

※当日のお帰りは、他のご参加の方々との同乗、または近鉄奈良駅などへの送迎です。ガソリン代をシェアさせて頂く予定です。近鉄・JR奈良駅などからご自宅の最寄り駅までの終電を調べておいてください。当日、「わのわ」での検索も可能です。

・夕方からのシェアリングと交流会の場所は、神野山の麓の「わのわ」
(案内文末の問合せ先をご参照ください。コンサート終了後、送迎致します)
・シェアリングとは、コンサートの後、みんなで輪になって感覚や思いを、あるがままの言葉などを介して共有する時空です。

●28日夜、29日夜、「わのわ」で宿泊ご希望の方は、事前にご予約ください。29日の午前中、大和高原を堪能するのもオススメです。有里さんたちは29日夜の宿泊予定。

★ご予約&お問合せ:「わのわ」
   山添村助命322-1 wa-wa@kcn.jp
   http://rupa.exblog.jp
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# by rupa-ajia | 2010-08-19 13:17 | イベント(ライヴ・ワーク等

灯火

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5月2~3日【わの舞・交流会&講習会@大和高原・山添村】にご参加いただきました皆様、お心を寄せて頂きました皆様、誠にありがとうございました。
きわめて不便な開催地、きわめてそそっかしい主催者でしたが、皆様のおかげで本当にすばらしい集いとなりました。
愛する大和高原に心を寄せてくださって、すべてを温かく見守ってくださって、本当にありがとうございました。

4日は、音楽会のみで舞に参加できなかった子連れ参加の方々を加えると、50人以上のご参加。
夕食交流会も30人近くの方々がご参加くださって、音楽に踊りに語らいに…、偶然、近くを通りがかった方々も含めて、大いに盛り上がりました。
5日は、友人たちが記録してくれた受付ノートでは大人37人の参加でしたが、遅れてご参加の方々や子どもたち、スタッフを加えると総勢50人以上だったようです。

日祝日には数少ないバスも運休してしまうという僻地ですが、近畿各府県だけでなく、三重、愛知、静岡、神奈川、東京、茨城、広島、沖縄、香港など、各地からご参加いただきまして、本当に感謝でいっぱいです。
一方で、ご予約なしで当日朝に参加ご希望のご連絡をいただいた方々のなかには、同乗や送迎の調整ができず、ご参加が叶わなかった方々もいらっしゃいました。本当に申し訳なく思います。
(※前夜までにご連絡くだされば、絶対に何とかなります。交通アクセスを巡るメールや電話を通じて、皆様の思いに触れることができて、とても励みになるのです)

・・・
ドタバタ続きのなか、引っ越したばかりの我が家「わのわ」は、まだまだ片づいていません。
スタッフ田渕君との直前の自称「打ち合わせ」でも、結局、家具運びを手伝ってもらったり、夕食がてら久々にいろんな話で盛り上がるだけ(その家具搬送の続きは、音楽友達や弥勒のBOOさんたちが手伝ってくれました。連日の掃除続きで私は腱鞘炎)。

私はといえば、4日の夕食交流会の料理の仕込みで頭がいっぱい。
今回は30人近い人数分の仕込みということで、個人的に大きなチャレンジでした。敢えて、どこまでできるか試してみたくなったのです。 そこで前日の3日は、一日中、料理の仕込みに専念するつもりでした。

ところが!
3日に到着した弥勒のBOOさん&てるみちゃんとの再会で、考えていた計画は完全にふっとび、気が付けば、二人から湧き起こるイメージ通りに村内の聖域を案内していたのでした…(子どもたちも一緒に)。
前日まで、私もご縁の深い大倭神宮や紫陽花村におられて、さらにはIさんと一緒に吉野で「蛇」のフィールドワークもしたという弥勒の二人。 この必然の流れを断つわけにはいきません。
大倭の陰陽和合に根ざしたエネルギーは、縄文以前の古いもので、大和高原の本来のエネルギーと直結しています。 ちょうど大倭のエネルギーとリンクしたいと感じていたところだったので、願ったり叶ったり!

到着した二人から喚起されるイメージ通りに、順番に聖域を巡っていきました。
彼らの安定した陰陽和合のエネルギーは、大きな果報をつなげてくれます。
とある聖域では母なる旋律が降りてきて、その響きとともに、不思議なポーズが生まれました。より正確に言えば、生命が生まれる際の力点と含むスタイルです(息子が赤子のとき、よく握りコブシをつくっていたことが思い出されました)。

・・・
さて翌4日当日は、参加ミュージシャンの友人たちを一足早く神野山の「つつじ祭」に送り出して、彼らのお昼にタケノコの玄米炊き込みご飯をつくってから、いよいよ夕食の仕込みの再スタート。
大混乱の仕込みを一段落させて、集合場所の森林科学館に向かうと、遠方からの参加者の方々も続々と到着されていました。「やまんと」仲間を山頂までの送迎に駆り出したり、なんだかんだドタバタと一同、神野山の山頂へ。

山頂では、いともまったりとしたお昼寝ライヴが繰り広げられました。
ちょうどGWの頃は八十八夜で、ここ神野山でも、民俗学的にいう「春の岳登り」が行われる時期。春に聖なる山に登り、日長一日、みんなで唄や踊りを楽しみ、新たなるエネルギーを更新するのです。
岳登りは、人と人、人と自然の絆を深め、男女の出会いの場となると同時に、祖霊や自然霊とリンクする重要な機会でもありました。 4日の音楽会は、まさに、古代の岳登り、歌垣そのもの!

そして5日、講習会の後に各自、自由行動の下、神野山あたりで過ごしたフレキシブルで必然的な流れも、とても素晴らしいものでした。
特に印象に残ったのは、5日の最後に、巨大なイワクラの上で、男女各8人、計16人でのボイスワークです。
今までいくつかのボイスワークを経験してきましたが(ウガンの最中に突発的に行う複数名での声出しも含めて)、ここまで素晴らしい調和に満ちた響きは初めてでした。
みんなの声が上がるやいなや、即座に絶妙な和音が立ち現れ、異なる次元の扉を開くほどの強烈なエネルギーを放ちました。
このワークの直前に目撃した【蛇の交尾】も象徴的でした。
16という数のもつ陰陽和合の力が、重要なイワクラの上であますことなく発露された、希有な時空。

ワークの後、自由行動から戻ってこられた方々も含めて、みなさん、思い思いにイワクラの上に放心状態になって寝転がっていらっしゃいました。
神野山の中腹に突き出た、その巨石の突端に座って、山の景色を見渡していると、横たわった皆さんの平和な意識が伝わってくるのが感じられました。

母なる大地と、その子どもたちの生命の営みが織り成す美しさ。
新緑の景色がますます輝かしく目に映り、その美しさに声も出ません。
宮崎駿の映画に出てくるような景色のなかで、しみじみと心から幸せを感じていました。

まさに、「個々の精霊の働きを超えた、より大きな精霊の働きとの出会い」がなされた3日間でした。

言い換えるなら、【個々の精霊の働き】が生み出す「大きな精霊の働き」。
3日間のすばらしい時空を支えてくださったのは、お一人お一人が奏でる個性、多様性でした。お一人お一人の響きが異なるからこそ、得も言われぬ和音「一つなる全」が生まれます。 神々の見事な采配には、いつも魂がふるえます。

「わの舞」主催者の千賀さん曰く「上手に踊ることだけが大切なのではない」とのことですが、そのお言葉通り、思えばこの3日間、いたらぬ未熟な主催者をカバーすべく、多くの方々が臨機応変に助け合い、大家族のように過ごすことができました。 お一人お一人に出会えたことが、本当に有り難く、嬉しかったです。

参加者の方々から「何かお手伝いすることはないですか」と、常に温かなお声がけをいただいて、車の同乗だけでなく、荷物運び、食器洗い、配膳、布団の上げ下ろし、受付、子守、リードに案内など、あらゆる場面で、多様な皆様に助けていただきました。
そんな心やさしい大人たちに囲まれて、子どもたちも伸び伸び(すぎるほどに)遊びまわっていました。

多様性が織りなすこの大自然のただなかで、私たちの祖先は、助け合って暮らし、いつも唄い、踊ることを忘れませんでした。 「わの舞」が、この根源的な感覚を思い出す一助になるのでは…、と思うことがあるのです。

ところで、夕食交流会にて「大和高原での生活体験をもっと聞かせてほしい」と言ってくださった方がいらっしゃいました。 個人的なエピソードは数々あるのですが、時間がなくて結局、ちゃんとお伝えすることができませんでした。
そこで今回の日記では、個人的な体験談の前に、大和高原の生活文化のおおまかな概略をお伝えしたいと思います。

・・・
数え切れないほど頻繁に、沖縄を訪れていた時期がありました。
そこでカチャーシーやエイサーなど、長く継承されてきた踊りなどに遭遇し、飛び込みで参加する度に、懐かしさだけでなく、どこか羨望の思いが湧き起こっていました。

祖先から継承されてきた、生活に根ざした歌と踊りをもつことの豊かさ。
その喜びを日本の日常では、もう味わうことはできないのだろうか。
そう思うと、とても寂しい思いになるのです。

でも6年前に大和高原に暮らし始めてから、この島国にも今なおしっかりと継承され続けているスピリットがあることに初めて気づき、非常に大きな衝撃を受けました。
そして、それらの事実を「なかったことにしてきた」自分自身を反省するとともに、【自分自身の内側を見直すことと、自らが暮らす大地(地域)を見直すことが、直結している】ことにも気づきました。

その作業は、つまり「根っこ」を生やすこと。
例えば以前、神野山にて、大和高原の田原地区の田原伝統芸能保存会の方々に、祭文踊りのワークショップをお願いしたことがあります。
その独特のステップは非常にリズミカルで、繰り返し踊ることで、得も言われぬ一体感が生まれてきます。 踊りが終わっても、昂揚した参加者の若者たちが、先生である古老たちの周りをいつまでも取り囲んでいました。

喜びと誇りと自信。
何かを取り戻したかのような活き活きとしたみんなの表情が、とても印象的でした。
「この地の祖霊とつながった」という感覚が、尽きることのない新たな再生のエネルギーを流してくれるのです。

その根っこは、極めて多様です。
そしてすぐ、大和高原に継承される伝統祭祀の驚くべき多様性に気づき始めました。

例えば新たなる火と水を使った、各家庭内での神聖かつ長閑な「年迎え行事」。
その手順や様式は、一軒一軒、家ごとにかなり異なります。
お正月のお供え餅も、三日月型、星型、菱形、それらを組み合わせたものなど、家ごとに様々。
祝い膳(拝み膳)に載せる供物も、半紙、餅、裏白、柑子(またはミカン)、栗、トコロ(山芋の一種)、串柿、昆布、お金などなど、家ごとに実にバラエティー豊か。
隣同士であっても家ごとに継承される伝統祭祀は異なり、しかもその様子をお互いにまったく知らないというのが通常です。
複数の古老へ、同時に聞き取りをさせて頂くと、何十年も毎日のように顔を合わせてきた同じ集落の仲間同士が「アンタんとこの正月は、そういうやり方やったんか!ワシんとこと、エライ違うなあ」と、驚き合われることが多々あります。
年迎え行事では、まず家庭内祭祀を個々の家で行ってから、地域の産土の神社に詣でて共同祭祀を行います。 その共同祭祀も、やはり集落ごとにかなり異なります。
また大和高原には130ほどの集落(明治時代の旧村)があり、その集落内もさらに小字(垣内)に分かれ、それとは別に、数々の「講」が今も継承されています。

集落内祭祀、講、家庭内祭祀など、月日の運行に沿った多層的な集いによって張り巡らされた、多様な「縁」。
どんな人をも落ちこぼさないように、「全か個か」というエキセントリックな状況に陥らないように、複数の縁が補完しバランスをとりながら成立しているように思えるのです。

大自然のなかで自給的に自活するためには、あらゆる場面に備えてあらゆる個性が必要となる。そのことをムラの方々は暗黙のうちに認識し合い、普段の日常生活のなかで、ライフスタイルの多様性を保ちながら縁をつなぎ合う智恵を継承してきました。

そして特筆すべきは、この縁の中に新たな仲間を加えるためのシステム、気風があること。

例えば、江戸時代以来の「与力制度」。
与力制度の詳細は長くなるので控えますが、私のような変わり者の移住者ですらこの高原が安住の地となったのは、【血縁、地縁を越えた「人縁」】とも言うべきものを存続させてきた、あまりにも人間的な気風のお陰でした。

さらにミクロに見ていくと、ムラの中で一人一人が実に個性をおおらかに表現している印象があります。
地域のイベントや共同作業などで、そういった個性が大いに活かされている場面に頻繁に遭遇してきました。 強烈な個性の持ち主が、いつもとは異なる非日常的な場面で、自ずと大活躍しているケースが出現するのです。
一人一人、誰もが本来もつ可能性の大きさに感動を覚えるとともに、人の本質を見抜く目をもつ古老たちの直感に敬服せざるを得ません。

この僻地では、一人の人が同時に多くの役をこなすことが多く、あるときは農民、あるときは神官、あるときは武術家、あるときは伝統芸能継承者と、、状況に応じて人々は多くの表情を見せてくれます。

一度の失敗を許さない、ではなく、一度の恩義を忘れない。
人の多面性を認めているからこそ、このような気質が育っていくのでしょうか。
里山の長閑な家並み、その家屋の開放的な造作は、お互いに信じ合っていることの証左のように感じています。

現代人は無意識のうちに多くの緊張感を抱え込んでしまうものですが、勝手知ったるムラの中では、文字通り何の緊張感もなく、あるがままの自分のままで外を歩くことができます。
ささいな用事で外を歩いていたとしても、見慣れた景色のなかに存在していること自体が楽しく、天気の良い日などには、すべてが最高に輝いて見え、思わず笑みがこぼれます。
鼻歌まじりに野良仕事をしている古老たちの平和で朗らかな心境が、今なら何となくわかるのです。

・・・
ところで、武術研究家の甲野善紀先生ご推薦の本があります。
それは、渡辺京二氏の著作、『逝きし世の面影』。

江戸末期から明治時代前半にかけて日本に滞在した外国人たちの見聞録をまとめたものです。
何百もの古武術の流派が存在していた、かつての日本。甲野先生は、その土壌を培った当時の生活文化、人としての有り様にご関心があるようです。
(女性には特にオススメです。ちなみに民俗学者の宮本常一の著作も素晴らしいです!)

この本に繰り返し登場する典型的な記述を以下にご紹介したいと思います。

【もっとも印象的なのは、(そしてそれはわれわれの全員による日本での一般的観察であった)男も女も子どもも、みんな幸せで満足そうに見えるということだった】

この本を読んでいると、大和高原の底抜けに朗らかな古老たちの顔が思い浮かんできます。そして、彼らに連なる名もなき無数の祖先たちを想像しては、ほくそ笑んでしまうのです。
近代合理主義によって、封建的で保守的で、否定すべき闇として封印されてきた山里。
それは個人個人のレベルでも、あてはまるかもしれません。

集団主義的で自己表現に乏しい、陰気でおとなしい日本人。
人生を謳歌することに対して後ろ向きな国民性であると、繰り返し教育されてきた私たち。
ところが実際の山里は、今も底抜けに個性的でおおらかな空気に満ちていました。

例えば、ここ山添村のある集落では最近まで、もっとも古風な「踊り込み」タイプの「おかげ踊り」が毎年、実施されていました。
この祭りの日には、思い思い奇天烈に仮装した村人たちが、無礼講的に家々に踊り込み、道路のど真ん中で根っころぶ酒好きの人も続出(奈良交通バスは、この日ばかりは厳重注意の下、運行したとのこと。お酒はもちろん、自家製ドブロク)。

現代社会は、「ハレ」と「ケ」を明確に区別し、芸能を自分たちが生み出す家庭や地域から遠く高いところへと追いやってしまいました。
しかし本来、ハレはケの延長線上にあり、むしろ、ハレとケの境界上にこそ、生命の歓びが最大限に放散され、目に見えぬ存在たちとの交歓がなされていたのではないでしょうか。

共同作業の後、集会所などで開かれる長閑な直会の宴に、多くの方々にも参加していただきたいと思うことがあります。
まずは最長老の謡いに始まり、次々と野良着姿の古老たちが謡い始めます。
そこで謡われる伊勢音頭は、世間一般でよく耳にするものとはまったく異なる節回し。
さらに一人一人のソロの部分は、世界でただ一人、その人だけがもつ非常に個性的な響きになります。

しわがれた声の、なんと美しいこと!
それはまさに江戸時代から生活のなかで長く謡い継がれてきた伊勢音頭。
そして今ここで、この人しか謡い得ない、唯一の伊勢音頭。
 生きた伊勢音頭

みなで声を合わせる旋律で、さらに気分が昂揚し、その場に何かふつふつと沸き上がってくるものが感じられます。
声を合わせると言っても、ピッチもリズムも各々が微妙にズレていたりして、その間合いがまた次なるリズムを誘因していくような、不思議なノリがあります。
そして次第に、今が江戸時代なのか、平成の世なのか、ここが日本なのかアフリカなのか、なんだかよくわからなくなってきます。

そこにいるのは、ただこの地をとことん愛する個性的な老若男女と、目にはみえざる存在たち。

彼らが「アンタの故郷はココやで!」と口々に言ってくださるとき、その背後にいる無数の存在からも、温かな光がさしのべられているのが感じられるのです。
そして、涙で視界が滲むのです。

なんという人間くさい宴。
なんという神々しい宴。

そのすべてが交じり合う、縁。

 円。

・・・
またしても長い日記なってしまいましたが…、個人的に確実に感じているのは、もうそろそろ自己卑下・自己否定を止めたい、ということです。

 そして堂々と、幸せであることを宣言しようと思うのです。

その出発点は、私と、足下の大地。
その先にこそ、日本という国が見えてくるのでしょう。
いきなり日本ありき、高尚なる道ありき、というのではなく、何よりも「大地につながる、今ここの私」から始めたいのです。
その土台は、あくまでも日常。

多くの方々に助けてもらった、その経験をもって、私は絶対的に確信します。

 人は、もっともっと、幸せになっていい。
 逞しき祖先の遺伝子を忘れてはならない。

大地と自分を信じ、そこからつながる無限の絆を思い出し、人々を、日常を、大自然を、つまり世界を信じます。 そして、まわってきた灯火を絶やさない。

飢饉が起こり、火山が爆発し、大地震が起こり、権力者たちによる戦さが起こり…、とにかく、何が起こっても、

名もなき無数の人々が、つまり
種を蒔き、種を守ることを忘れなかった人々、
熱き踊りで駆け抜け、気高き舞を奉納してきた人々、
祝詞を捧げ、祝福の謡いとともに道や家をつくってきた人々、

 名もなき無数の人々が、灯し続けてくださった
 尊い灯りだから。

神秘は、どこか遠いところにあるのではない。
奇跡は、どこか特別なもののなかにあるのではない。

 個々の精霊の働きを超えた、より大きな精霊の働き
 個々の日常に支えられた、より大きな営み

より大きな幸せへと伝わる、私の幸せ
   足下の大地を伝って


「誰もが、いかなる人々がそうであり得るよりも幸せで煩いから解放されているように見えた」

(※ペリーの4年後に来日したオズボーンによる記述。大津波の被害を受けた人々がムラを再建する様子を見たときの所感)


 かの大陸は、失われてはいない
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# by rupa-ajia | 2010-05-31 11:53 | イベント(ライヴ・ワーク等

5月4日・5日「わの舞」交流会&講習会@大和高原・山添村(随時情報更新中)

大和高原も、ようやく春めいてきました!
ピクニックや星空観察など、あたたかくなってきて、日常のなかで自然を堪能できる環境に感謝でいっぱいです(ランチ感覚で山でお昼を食べて、すぐに家に戻って用事ができる~)。
昨日は、ハンマーダルシマーの山口智さんたちと、神野山の山頂にて音楽三昧。最高でした~☆

さてGWの「わの舞」情報ですが、交通手段と4日の出演ミュージシャン、田渕まさや君のコメントなどを追加させていただきました。ピンとくる方は、まだ空きがありますので、是非ご参加くださいませ。(4/26記)

「ワクワクしながら楽しみにしてます」とのご参加予定の皆様のお声が、とても有り難いです。この「ワクワク感」は、すでに山の春の息吹を感じてくださっている証。すべてが躍動し始める春。山の神が山里に降りる春。みんなで輪になって、春を楽しみましょう!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    5月4日・5日(みどりの日・子どもの日)
   「わの舞」交流会&講習会@大和高原・山添村

     (子ども参加・大歓迎)

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    祭りとは、個々の精霊の働きを超えた
    より大きな精霊の働きとの出会いを意味するのだそうだ。
                  (千賀一生『タオ・コード』より)
                    http://chiga.jimdo.com/

100ほどの集落が点在する大和高原(奈良盆地の東方に位置する山間部)。集落ごとに微妙に異なる風土、神事、気質。今なお継承される独自の生活文化。集落全体が庭であり、学校であり、農園であり、その精神的中心として、集落みんなで守る聖域がある。
柔和な古老たちが、数々の神事において農民から神人へと変貌する様は、実に神々しく、祖霊や大地の精霊がその身に降臨しているかのようです。

この大和高原に移り住んでしばらく経った頃、この地が話に聞く「中国南部少数民族の世界」に通じているのではないかというイメージが湧き起こるようになりました。
そして昨年、千賀一生さんの著作『タオ・コード』を拝読したとき、大和高原、いえ、日本の自然崇拝と祖霊崇拝のルーツを垣間見るような気がしました。

 今の私たち日本人が見失ってしまったものは、哲学や思想ではなく、
 自然や人との一体感なのかもしれません。

個を超えた大きな一体感をもたらす、天地、新旧、男女などの陰陽和合は、数々の神事の根底に存在する普遍的なテーマでもあります。
かつて見たビジョンから、そのもっともわかりやすい型が、盆踊りなどの円舞ではないかと、感じるようになっていました。

先住民族の踊りの基本原理を再現した「わの舞」。この円舞に参加したとき、私はある可能性を感じました。

身体を通した一体感を一人一人が感覚を共有しながら思い出すことができたなら、各地域で眠るスピリットも目覚めるのではないだろうか。それが巡り巡って、風土に根ざした多様な生活文化の掘り起こし、再生につながるかもしれない。
そして、人と自然の古きスピリットが充満するここ大和高原で、21世紀に再生した新たな「わの舞」を踊ることで、新旧和合の何かが生まれるかもしれない、と。

…こんな思いつきと遊び心で、今回、大和高原にて「わの舞」の交流会と講習会をお手伝いすることになりました。

自然と歴史に恵まれた大和高原での「少数民族ごっこ」遊び。みんなでシェアする、より大きな精霊との出会い。美しい新緑の季節、星々とつながる聖なる神野山に「自然のなかで、わになって遊びたい」というプリミティヴな人々(?)が集います。ピン!と来ましたら、是非ご参加ください。何でも、お気軽にお問い合わせくださいね。

新緑の5月に、古きスピリットに満ちた神野山で、次代を担う子どもたちと踊る舞。
「個々の精霊の働きを超えた、より大きな精霊の働きとの出会い」がなされますように。

  すべてのあなたは、ひとつの私

●5月4日【癒しの森の縄文音楽会】@神野山 
  午後1時に 神野山 森林科学館(山添村伏拝888)集合
  http://www.nara-e.net/goo/asobi/forestp-info.PDF
  (集合場所の問合せ: 0743-87-0548 森林科学館)

「みどりの日」に、緑豊かな聖なる山、神野山の山頂で、音楽や「わの舞」で遊びましょう。いつも「わの舞」の陰陽和合ムードを広げてくれる夫婦ユニットのミュージシャン、「弥勒~みるく~」さんが、横浜から駆けつけてくれます。弥勒のBOOさんみたいに、身体を自由に動かして、声を出したりして遊んでみましょう。

 弥勒~みるく~
 http://homepage1.nifty.com/ASIBI/
  http://www.youtube.com/watch?v=hYtFmr4lffc&feature=channel

☆ユニークなミュージシャンたちがライヴもしてくれるよ!
  みなさんも好きな楽器をもってきてくださいね。
弥勒(横浜:唄、笛、三線、ギター、ウクレレ)、絵本ライヴYANON(京都府京北町:朗読、唄、ギター、石笛)、阿部ひろえ(京都市:唄、ギター)、ふさこ(東大阪:唄、ハープ、鍵盤、太鼓)、山口智(ハンマーダルシマー、フィドル)、こ山さとし(唄、ギター)、山浦庸平(パーカッション)、近藤直子(リコーダー、唄)、ほか

・参加費(ご予約不要):1000円(高校生以下 無料)
海山風農園の茶畑(神野山山頂)にて、農園主&ミュージシャンの小山さとし君による手揉み茶づくり体験とお茶会も(別途料金不要)。
田淵農園の主、モモの家での「タオ・コード読書会」主催者の田淵まさや君もスタッフで参加。自然農に興味ある方も、是非。
・大和高原のクリエイティヴなママたちのネットワーク「atelier Zoo」による出店も!
・「わの舞」の音楽に、パーカッション生演奏も(演奏:山浦庸平)。

・スタッフ 田渕まさや君からのメッセージ
3月に東京で一足早く「わの舞」を体験してきました。
「見せる/見られる」あるいは「経験者/初心者」などという隔たりをこえて、音にあわせて一つになって踊れることはとてもシンプルで深い喜びがあります。
それだけでなく、踊りを通じて体は整ってゆき、場の力も高まるのがわかります。
今回、奈良でもみんなで楽しく踊れる機会を持てることはとてもうれしいです。当日たのしみにしています!

●4日 夕食交流会@「わのわ」【要予約】

夕方5時前には山を下りて麓の「わのわ」着(車で5分の送迎)。
玄米菜食。みんなでワイワイ準備しよう☆
  参加費:1500円(小学生以下:1000円以下)

●4日夜の宿泊@「わのわ」【玄米菜食の朝食つき:要予約】
  宿泊費:3000円(寝袋ご持参1500円)
   寝間着、洗面具、タオルなどご持参くださいませ。
  入浴は、月ヶ瀬温泉を予定しています。
  http://narashikanko.jp/kan_spot/kan_spot_data/w_si201.html

●5日 千賀一生さんによる講習会「御柱の舞」入門【なるべく予約を】
  午前10時半~12時(受付10時~)
  場所:神野山 森林科学館(山添村伏拝888) 0743-87-0548
  http://www.nara-e.net/goo/asobi/forestp-info.PDF
  受講費:1800円(中学生以下無料)

・「子どもの日」。子どもたちも是非♪大人も子どもにかえって♪
・音楽に、パーカッション生演奏が参加。
・12時に解散後、希望者で昼食をとり(@映山紅)、神野山の山頂に移動して「わの舞」を踊りましょう。  

★5日の先生:千賀一生さん
「わの舞」主催者、「タオ・コード」、「ガイアの法則」著者
 http://chiga.jimdo.com/

★神野山「森林科学館」への交通アクセスについて
 ちょっと不便なところですが、いつも何とかなっています。何でもご相談を
http://www.nara-e.net/goo/asobi/forestp-info.PDF

・お車で…名阪国道「神野口」ICから北へ10分。「神野山」の標識に従って上ると右手に「森林科学館」があります。

・お車のない方……JR・近鉄奈良駅から奈良交通バスがオススメです(のんびり春の景色を堪能できます)。バスの時刻表に合わない方は、各地から車で来られる方との同乗をコーディネイトやスタッフ送迎をさせて頂きます。最寄り駅など、詳細をメールにてお知らせください。ガソリン代のシェアをお願いさせて頂く予定です。
  奈良交通バス 時刻・運賃検索サイト(日祝でご確認ください)
  http://jikoku.narakotsu.co.jp/form/asp/

※4日の行きは、JR奈良駅11:11発(6番のりば)、または近鉄奈良駅11:14発(4番のりば)の「122下水間」行きの奈良交通バスがオススメです。終点「下水間」バス停までお迎えに上がります。バス停からの送迎車で12時過ぎに森林科学館に到着しますので、科学館横の食堂で昼食を…。

※4日の行きは、近鉄・JR天理駅11:30発(2番のりば:「17国道山添」行き)がご利用可能です。バス停までお迎えに上がります(12:33着)。

※5日の行きは、朝9時半に近鉄奈良駅前集合で、お迎えの車を出す予定ですが、1台では乗り切らないため、可能な方は、なるべくJR奈良駅9:11発(6番のりば)、または近鉄奈良駅9:14発(4番のりば)の「122下水間」行きの奈良交通バスにご乗車ください。終点「下水間」までお迎えに上がります。

※両日ともお帰りは、奈良交通バスがオススメです。バス停までお送りします。
 12:08、14:28、17:03、18:03発「下水間」(JR・近鉄奈良駅まで所要時間45分)
 17:51発「北野」(JR/近鉄奈良駅に18:45頃着)。

※関東方面の方は、「新宿~大和高原・山添」の奈良交通バスの夜行バス(やまと号)もオススメです。バス停まで送迎いたします。
 
http://www.narakotsu.co.jp/kousoku/yakou/shinjuku_g.html

★★★お願い

現在、関東方面からお車でご参加いただける方を大募集中です。
もしもお心あたりのある方がいらっしゃいましたら、このご案内文を転送いただけると助かります。不躾なお願いで、誠に申し訳ございません!


★お問い合わせ:「わのわ」
   山添村助命 「わのわ」
   hitukichi21@gmail.com
   http://rupa.exblog.jp
 ※2日間とも、土の上を裸足で踊る予定ですので、水で湿らせたタオルなどをご持参くださいませ。

f0018942_238386.jpg8月8日に神野山の山頂で友人の結婚披露宴を企画したときの様子。
f0018942_2391519.jpg
一昨年に友人のタケさん(神人さん)のライヴを企画した翌日、神野山の山頂でお昼寝。
f0018942_2394362.jpg
ナベクラ渓に行くと、みなさん身が軽くなるようです。



★おまけ

・山添村の神野山について
大和高原は、縄文早期の遺跡と巨石「イワクラ」の県下最大の密集地。大和高原で一番の聖山、神野山の中腹に位置するナベクラ渓は、ハンレイ岩の巨石が650mにわたって重なり合い、天空の「天の川」を地上に投影したものという説も。
http://www.vill.yamazoe.nara.jp/iwakura/iwakura.htm#daisankakei
地元の言い伝えでは、古代、山頂では男女の出会いの場となっていた歌垣や火祭りが行われていたという(火を使った雨乞い神事は数十年前まで実施。4日・5日は、神野山の他の伝説などもご紹介させていただきたいと思っています)。

・ナベクラ渓について
「天と地がつながる聖地なので、ナベクラ渓に行けば病が治る」という言い伝えがあり、チタンも産出するため、かつてはチタン坑もありました。実際、ナベクラ渓に行くと、まず視界がクリアになり、心身が軽やかになる感覚があります。太陽熱を備蓄した巨石の上に横たわっていると、深いレベルでの癒しを感じます。今回、ご希望の方がいらっしゃいましたら、ナベクラ渓の天狗岩や八畳岩などもご案内します。

・大阪教育大学名誉教授・地質学 山崎貞治氏のお話
巨石が横倒しになっていないこと、小ぶりな岩がまったく見あたらないことから、堆積学の見地からは自然にできたものとは思えない。この数万個の巨石であるが、上方から下方への移動なら機械なしでも可能。でもその場合でも、数十年から百年ほどもかかる大事業になるので、実に謎めいている。
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# by rupa-ajia | 2010-04-18 01:14 | イベント(ライヴ・ワーク等

風を見る鳥

「柳生さくら祭」にお越し頂きました皆様、心を寄せてくださいました皆様、本当にありがとうございました。
無知な実行委員に最大限に心を尽くしてくださった古武術関係の方々、PAの方々、「同窓会」と思って駆けつけてきてくださるご出演の皆様、遠路はるばる足を運んでくださった柳生さくら祭ファンの皆様、
そして何よりも、実行委員会に招集してくださった実行委員の皆様、そそっかしい未熟者の私をお許しくださった柳生の皆様、

本当にありがとうございました!!!

柳生では、散り始めの桜が一番、美しく感じられます。
関係者一同の確信通り、祭の2日間とも好天に恵まれ、祭の初日あたりから少しずつ桜が散り始めました。

祭の片づけが済んだ後、いよいよ里の谷間中に散り広がる桜の花びらのただ中で、夢のような2日間、いえ、柳生に暮らした5年半を振り返っていました。
いろんなことがあったけれど、今年も「柳生内外のみんなと共に、この場を共有することができた」。
そのことが、本当に本当に有り難く、すべてへの感謝をどう表現していいのかわからず、ただ立ちすくんでいました。

祭に貢献された亡きI先生を思い、この美しい山里を守ってこられた無数の名もなき方々を思いました。
花吹雪の中、長く長く育まれてきたものを思って頭を垂れ、これからも続いていく自然と人の営みを思って天空を見上げました。

 長く長く培われてきたものから滲み出る、包み込むような優しさ。

この世界が有限であったとしても、この優しさだけは、大いなる永遠のなかに組み込まれていくのではないかと夢想するのです。
その永遠の流れに加わる、名もなき小さな一滴になれたなら。
それこそが「私」の本望。

過去と未来をつなげて溶かす、桜の根っこと花びら。
人の心と花の心を溶かし、広げる春の風。

 美しい
 本当に、美しい
・・・
毎年「柳生さくら祭」の2日間は、外から参加してくださる方々への対応に奔走している私ですが、今年は、改めて柳生の方々と語らう機会になりました。
ドタバタして挨拶すらする時間のない私に、「元気な顔を見せてくれただけでいいんや」とのかけ声の数々。
みなさんの温かな眼差しに包まれて、身に余る幸せを魂の底から実感した2日間でした。
いろんなことがあったからこそ、よりいっそう、本音で話し合うことのできる有り難さ。

私は、あまりにも愚かな未熟者。
でも、あまりにも幸せな未熟者。
  そんな資格はないはず。
  なのに、待っていてくださった。
「柳生は、いろんな人がいるんや。それをお互い知ってて、協力し合ってるねん。アンタもいろいろあったけど、大丈夫やで。ここの人はみんな、わかってるよ。私は柳生に生まれて、柳生に生きて、この里を出たことがない。他のところは知らん。でもこの里を、ほんまに佳いところやと思ってるよ」(柳生上町の70歳代の女性)

「柳生は平和な里や。でも、ほんまはいろんな過去をもった人たちが多いんやで。外から見て、どんなに平凡な家庭に見えても、それぞれみんないろんなことがあって、でも頑張ってるんやよ。だから、近藤さんも頑張ってや。さくら祭に来てくれて、ありがとう。元気な顔を見れて、良かった!これからも、いつでも柳生に来てや」(柳生下町の60歳代の女性)

「よお来てくれた!理由はどうでもいい。ただアンタがいなくなって寂しかっただけや。でも、ぷっつり切れずに、また来てくれたことが、ほんま嬉しかった。アンタは、地元のオッサン・オバチャンだらけの集いにも、臆せずに喜んで入ってきてくれた。それが嬉しかったんや。ワシの家は、これから何十年何百年も、柳生のままや。アンタはどこにいようが、いつでも柳生に来て寄ってや。かかわってや。これからも、よろしくやで。握手をしよう!」(柳生上町の70歳代の男性)

柳生での5年半は、私の原点であり、私の宝物です。
根っこは、ここ。
動かぬ根っこは、ここ。
だからきっと、枝を伸ばせる。
・・・
今年は、武術研究家の甲野先生と再会できたことも喜びの一つでした。「かつての驚異的な武術の古伝、古の武術の達人たちを慕う未熟者」と、自らを評する甲野先生。
天地以上のレベルの差があるものの…、「古の庶民」の心意気を慕っている私。
なかったことになっている、または曲解されている、すべての人が本来もっている再生力。
あるがままの人と人、人と自然のかかわり。
そのルーツである縄文の底力は、きっと普遍に通じているはず。

ジャンルは違えど、方向性がただ似ているというだけで、私にとって先生は励みになる存在。
身体そのものを通して開示される可能性は、尽きぬ希望を感じさせてくれるのです。

今回、主に解説してくださったのは、「風見鶏の術理」と、「太刀奪り(無刀取り)」に関する、驚異的な動きでした。

相手の刀が、自らの頭上に振り下ろされる、その刹那。
床を蹴らず踏ん張らず、相手が動くと同時に、瞬時に移動。
刹那、姿を消す先生の身体。
相手との対戦が、深い禅問答へと昇華する瞬間。

力で対抗せず、避けることもしない。
風見鶏が、風が吹いてくる方に向かうように、力を受けるとその抵抗を最小にするために、抵抗を受けた方向に自然と向かう。
タイミングを計らう「時間」すら不要となる、人為を超えた機能的な自然の摂理。

「いろんな反応を返さない。頭が生み出す反応に翻弄されない。頭が東を向けば、尾は西を向く。ただそれだけなんです」
「習慣的な動作を断ち切り、自分の身体の【内的印象を変える】ことを、意識的に実践することが大切です」

人の身体は、なんと精妙で複雑で、シンプルなんだろう。
与えられた身体を活かしきることができたなら、すべては人智を超えた奇跡となる。
 私たちはみな、奇跡の身体に宿る魂。

昨夏、すべての習慣を断ち切って、柳生を飛び出した刹那。
頭の中は、まったくの白。
でも気が付けば再び、力の流れ出る大和高原に、自ずと向かっていたヒヨコの私。

 そして、「内的印象」が変わり
 気づけば、再生した私がいた

身体のある部分は、予想もしない部分に、有機的につながり連動しているという。

今回、最後に語ってくださったのは、なんと意外なことに、陰陽和合の話でした。
曰く、すべての根底に陰陽和合のエネルギーは必須。
やはり陰陽和合のテーマは続いていることを実感。

現在、5月4~5日に、『タオ・コード』著者の千賀さんによる「わの舞」の講習を大和高原、神野山で企画中(早く詳細を決めなくては!)。
天地つながる聖地、神野山にて、陰陽和合の舞いが、どう作用するのか。
さくら祭が幕を閉じ、ようやく楽しみになってきました。

何故だか、「こうの」つながりなのですが…、
日本中で神野山周辺だけで今も継承されている奇祭「山の神のクラタテ神事」が、「わの舞」と「甲野先生」の形態的印象を和合させたかのような、、個人的なイメージがあるのです(意味不明ですいません!)。

有機的につながり、連動するもの

印象を更新し、再生する私

 四方に枝を伸ばし
 新旧をつなぎ
 天地をつなぐ

 中心に根をはる御柱

 その御先で羽を翻す鳥

  動き始めた風の方へ

    日月出づる処へ
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# by rupa-ajia | 2010-04-15 20:20 | ◆柳生さくら祭