ふるさと

先月中旬、「柳生さくら祭」の詳細なお知らせを近日中にアップさせて頂くと予告しながら、気が付けば、もう明日から祭です…。
そして、実行委員会より謝罪のご報告が。

  誠に誠に申し訳ございません!!!

柳生ドットコムさんに掲載をお願いさせて頂いている祭のプログラム中、重大な誤りがあります。
http://www.yagyu.com/yagyu/sakuramatsuri/2010sakuramatsuri.htm

甲野善紀先生の講習会が10日で古武術体験会が11日となっていますが、正しくは、10日が古武術体験会で、11日が甲野先生の講習会です

10日(土)「古武術体験会@柳生中学」はご予約不要。お一人500円、高校生以下無料です。
 11:30~小野派一刀流
 14:30~柳生新陰流(江戸形)

11日(日)「甲野善紀先生の講習会@柳生中学」も当日参加OK。お一人5000円です。
 13:00~16:00

甲野先生の講習会、古武術体験会、すべて場所が柳生中学・体育館です。
両日ともに、非常に貴重な企画です。初心者大歓迎ですので、何卒宜しくお願い申し上げます。

・・・
さて昨日、無事、ステージとテントの設営も終了。快晴の空の下、満開の桜を愛でながらの設営。最高でした!
準備段階からもう楽しい、柳生さくら祭。冗談とダジャレと井戸端会議。いつもの空気が、大変な作業を楽しい集いへと変えていきます。実は、先月中旬にオタフク風邪に罹っていた私。「オタフク、もう大丈夫なんかいな~」と声をかけられつつ、デラックスな顔を思い出してはニンマリ。

もうよく探さないと蕾は見つかりません。明日からの祭は、ちょうど花びらが散り始めて、桜のエネルギーが里いっぱいに広がることでしょう。
私は今年、受付担当ですが…、いつものように、どこやらを奔走している可能性大です。

祭前夜のお知らせですので、詳細な告知はほぼ無意味となってしまいました。とにかく、里の自然と人のエネルギーが満開になる2日間。どっぷりとその空気に浸って、自由気ままに酔いしれて頂ければと思います。人そのものも、花であることが体感できます。

オススメのプログラムは多々あるのですが(本当はすべて:初日の夜の花見も)、一番推したいのは、やはりファイナルステージ「柳生音頭」の「後の」、「ふるさと」です。2日間とも最後に唄うのですが、プログラムには掲載されていません。恒例の自然発生的な合唱、祭会場にいる全員で唄う「ふるさと」。ステージと客席の境界が消え、誰もが里人になる時空。新と旧、内と外、多様と全体、すべての陰陽和合を、会場中で体感することができるのです。

個人的に気に入っているのは、「ふるさと」をみんなで唄っている情景を、陣屋跡の東側から眺める景色。西側の水晶山に沈む夕日、舞い広がる桜の花びら。人と自然が一体となっている様が、本当に本当に、ただひたすら、美しいのです。

生きていたら、いろんなことがある。どうにもならないことも起こってしまう。
でも、そのすべてを含めて、いえ、そのすべてを含んでいるからこそ、生命の営みは美しいんだと、魂の底から、あらゆる生命そのものへの信頼と感謝が湧き起こるのです。

 そうやって、桜の花びらは散り広がり、里に本格的な春が訪れます。

   一番のおすすめは、ふるさと、です。


※引っ越しました。明日の夜は、希有なメンバーでの趣向を変えた「さくら祭ナイト」になりそうです。事実上のお披露目だというのに、まだ改装&掃除、続行中。
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# by rupa-ajia | 2010-04-09 22:03 | ◆柳生さくら祭

逝きし世の面影

先月初旬、久々に古武術研究家の甲野善紀先生に電話をしたら、ちょうど熊本から帰ってきたばかりとのこと。
久々に、と言っても、正確にはほぼ2年ぶりの電話であったのに、こちらから名乗る前から「あ、近藤直子さん」と応えてくださったおかげで、一気に緊張が解けた。
「いろいろあったそうで、どうしてるかと思ってましたよ」と言われて、また一気に思いがあふれる。
今までの経緯、いろんな方々にお世話になったこと、柳生の方々に恩返しをしたいことなどなど…、気が付いたら、マヌケなことに半ベソかきながら話していた。 改めて話をしていると、未熟者の自分が如何に多くの方々に助けられてきたかが感じられて、どうしても胸がいっぱいになってしまう。「直子さんは、いろんなことを経験しそうな人に観えますからねえ」と、先生も納得されている様子。

3、4年ほど前だったか、初めてお会いしたときから、先生に対して理由のない安堵感と親近感を抱いている。
もともと根っからの体育嫌いで、武道のことも武術のことも、何も知らなかった。そういうこととは無縁だと思いこんでいた。
ところが柳生に暮らし始めて以来、古武術の里という土地柄のためか、古武術関係の方々とのご縁が生まれ、何かとお世話になるようになった。

あるとき、「甲野先生という有名な古武術研究家の方の講習会を柳生で開催するから、是非、参加するように」とのアドバイスをいただいたので、とりあえず「見学」コースとして参加することにした。(当時の講習会は「参加」と「見学」に分かれていて、見学の方が安かった)

当日、講習会の前に、Rupaに昼食に来られるということで、準備をしていたら、やおらフラリとRupaに入って来られた。
そのときの様子を、今も忘れることができない。
先生の姿を見た刹那、(巨大な人がやってきた!)と思った。
でもよくよく見ると、別に体格が大きいわけではない。
着物に下駄履きのためか、刀を差しておられたためか、どうして大きく見えたのかよくわからないけれど、とにかく大きく見えた。
鋭い眼差しでこちらを見て、店内を見まわし、同行の方々と静かに昼食を食べ、会場の柳生中学校に向かわれた。
先生がおられる間、その場に何とも言えない空気が漂っていた。理由もわからず、なぜだか私は嬉しくなっていた。後かたづけを済ませ、ちょっと遅刻して、中学校の体育館に入った。

すでに、体育館はいろんな種類の稽古着を着た強そうな人達でいっぱい。普段のジーンズ姿のままの私は、またしても一人浮きまくっている。
不思議に見えるけれど、自然に感じられる術の数々。いろいろと解説してくださるのだが、その佇まいがあまりにも自然というか、普通すぎて、大勢に囲まれて先生が立っておられる狭い空間だけが、スッポリ圧が抜けている感じがする。
私は見学のはずだったのに、無意識のうちにどんどん近づいてしまい、結局、人垣の外側から爪先立って懸命に技を拝見していた。

とある技を解説されていた。
「『もう私、ダメだ』と言って、瞬時に、全身の力を完全に抜いてみるんです。それと同時に相手を軽くはらう。すると、押してくる相手をスッと引かせることができます。どなたか、一緒にやってみましょう。あなた、ちょっと来てごらんなさい」
と言って突然、人垣の一番外に立っていた私を手招いて、マットの中央に座らせた。大柄な稽古着の方々が振り返って、一斉に私の方に注目する。

先生も一緒に向かって座り、指示通り、力を込めて先生を押してみる。先生が軽く私を押してくるが、それぐらいでは私も倒れない。
ところが、先生が「もう私、ダメだ」と言った刹那、押されてもいないほどの軽いタッチで、私の全身の力が抜け、仰向けになっていた。

えっ?
倒されたという感覚はまったくなく、むしろそれは、癒しの瞬間であった。一緒にダンスでも踊っているような、軽やかな喜びすら感じられた。
今度は逆に、私が先生を倒してみる。

普段、無意識のうちに力んでしまっている身体。
ところが「もうダメだ」という諦観、全託が、等身大の自分を受け入れさせ、頑張らねばいけないという身体の呪縛を解く一つのきっかけになっていたのだ。
それは魔法のような感覚で、きっとそのとき、私はとても嬉しそうな顔をしていたと思う。
すぐにその言葉自体はどうでもよくなって、先生に組んでいただいたときの感覚だけがずっと残存していた。
その後もいろいろ実験的な実技があり、終了後は運動場で棒手裏剣を打ってみたりと、実に楽しい数時間だった。

夜は久保田亭にて先生を囲んでの懇親会。Rupaにもお客さんたちがおられたので、お客さんが帰られてから、先生にお礼が言いたくて久保田亭に向かった。
場は賑やかにほころんでいて、ちょうど先生はお一人になっておられたのか、、とにかく素人の私に向かって、いろんなお話をしてくださった。武術の話ではない。

在りし日の日本人の話だった。
かつての日本人は、お金に価値をおかず、みな人間らしく自由に生きていたという。本当にやりたいことを素直に極めた、ものすごいハイレベルな職人たちがイキイキと仕事をしていた。
先生の原稿が載っている冊子や、書きかけの原稿の抜粋など、カバンからいろいろ出してきて、私にくださった。おすすめの本の書名を、その場で筆ペンを取り出してサラサラと書いた紙も。
タイトルは、『逝きし世の面影』。

さらに、私のとある質問に、目にも止まらぬ早さで実演をしてくださったが、それはある程度予感はしていたものの、驚くべき内容だった。
そして、公には、そういった分野に関する言及を完全に伏せておられる先生の賢明さに、心を打たれた。
人は不思議なことに心惹かれてしまいがちだし、例えば「気」という言葉一つで探求を止め、いとも簡単に他者に心どころか魂をも明け渡してしまうこともある。
その危険性を誰よりも理解しておられるからこそ、ただひたすら先生は自由に、正直に、ただ人として普通に生きておられる。

こんなに自由に、自分に正直に生きている人が現実に存在していること自体が、とても嬉しく、なぜだか果てなき希望を与えられたような気がした。

翌朝、先生を見送った後、早速、『逝きし世の面影』を注文。
それは、いとも懐かしき、「人間臭い」世界だった。

柳生に来て以来、折に触れて感動を与えてくださった古老たち。その直系の祖先ではないかと思われるほどに、底抜けに明るく逞しく、おおらかな人々の様子が描かれてあった。
読みながら、まだ完全に逝ったわけではない、とほくそ笑んでしまう。

ここ東山中(大和高原)は、江戸時代から続く与力制度が残っている。制度としては途絶えた集落もあるが、その気風はそのまま継承されている。そのお陰で変わり者の私も地域に迎えられ、日々刻々と移ろう美しい地域の自然、「広大な庭」を心安らかに愛でることができたのだ。田舎では変わり者は受け入れられないというイメージがあるが、実はその反対であると感じる。自給自足時代を生き抜いた山の古老たちはみな、人の弱さと逞しさを熟知している。どんな前科者であっても、こちらが本当に心を開きさえすれば、あるがままを受け入れてくれる。

思いっきり多様な里人たち。そのつながりの中心には、思想やプロパガンダとはまったく無縁な、ただ純粋に故郷を思う心がある。
無住の神社の広い境内に、落ち葉一つ落ちていないのは、なぜか。
いつお参りしても、どうして供物がいつも整えられているのか。
お参りする度に、なぜいつも心が安らぐのか。

祭日や節目だけではない、常日頃、毎朝、心を込めて境内を清めておられる村の方々がおられるから。年ごとに役割を転じながら、どんな天気の日にも、誰かが常に役を果たしておられるから。
彼らの仕事は、いつもその場を明るく、気持ちよいものにしていく。

…話が逸れてしまった。。この近しくも懐かしい本を推薦してくださったことで、またさらに先生の存在が嬉しく感じられた。
甲野先生は、武術を研究されているということになっているけれど、実は、ただ人間くさく生きることを正直に実践されているだけなのかもしれない。

神秘は、あまりにも地味で目立たぬところに潜んでいて、それはけっこう足下にあったりする。 素直に生きている人ほど、強いものはないと思う。

何年か前に、中学校の体育館で甲野先生に手招きされたのは、そういうことだったのか、と今になって思う。
あれから何度も修羅場をくぐり抜け、「私はもうダメだ」と思う度に、不思議な力を与えられてきた。
魂は幾度となく蘇り、私を救ってくれた。

桜の咲く頃、また先生と再会できるのが、楽しみでならない。

 今年こそ、、、参加するぞー!

★2010年4月11日(日)
    「甲野善紀先生 講習会@柳生」
     ~柳生さくら祭記念企画~
 13:00~16:00(受付12:30~)
 於:柳生中学 体育館(参加費5000円:当日参加OK!)

・ご予約・お問い合わせ
 遊武会 石田さん  ubk.ishida@nifty.com

※さくら祭ステージでの先生の講演会は11:15~です。
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# by rupa-ajia | 2010-04-09 20:58 | ◆柳生さくら祭

4月10・11日【柳生さくら祭2010】宜しくお願い申し上げます!

2010年の「柳生さくら祭」は、4月10日(土)・11日(日)です。
現在、ドタバタと準備を進めさせていただいております。

プログラムはけっこう以前に組んでいたのですが、お伝えしたいことが山積していまして、 かつ、個人的にも環境激変中な日々で、本格的な情報アップに手間取り続けております。
「柳生さくら祭」ファンの皆様を、お待たせしてしまって、、本当に申し訳ございません。
今回は、ごく簡略なお知らせです。
(詳細バージョンは、あとしばし、、お待ちくださいませ)

今年は、メイン会場の陣屋跡に加えて、柳生中学校の体育館も2日間使用しての盛りだくさんな内容。
えっと、、恒例の「柳生さくら祭ナイト」は、夕桜を楽しんだ後、場所を変えて。。(!?)

とにかく11日の甲野先生の講習会は、なるべくお早めのご予約を!!
 お問合せ・予約先:遊武会の石田さんまで↓
 http://homepage2.nifty.com/ubk/ubk9gyouji.htm

10日(土)「古武術体験会@柳生中学」はご予約不要。お一人500円、高校生以下無料です。
 11:30~小野派一刀流
 14:30~柳生新陰流(江戸形)
桜の花舞う景色を見ながら、柳生で古武術体験を!

メイン会場のプログラムは、まずは柳生ドットコムさんにて。
http://www.yagyu.com/yagyu/sakuramatsuri/2010sakuramatsuri.htm
修正箇所がありまして、柳生新陰流の体験会は、14:30~、
甲野先生の講習会、古武術体験会、すべて場所が柳生中学・体育館に変更になりました。

今年ステージ初出演の「歓音」(かのん)さんは、昨秋11/1飛鳥座神社の奉納演奏で、あらためてつながらせていただいた、歓音さん。素晴らしい歌の数々!ギターの黒井さんは古武術や忍者関係にもお詳しい方で、お兄様は研究家でもいらっしゃいます。まさに、「柳生さくら祭」にふさわしきバンドです。

今年は、まだまだギリギリまで予想のつかない展開になりそうですが、
是非是非、ご期待くださいませ!

今春も、何卒宜しくお願い申し上げます。
いつも本当にありがとうございます。
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# by rupa-ajia | 2010-03-16 19:54 | ◆柳生さくら祭

2/6【天地をつなぐ柱を立てる】美咲・初詣ライヴ@山添村

「つながり」の力が加速度的に増してきたためか、日々のドタバタ具合に拍車がかかってきました。
日記もなかなか更新できずで、本当に申し訳ございません。

この週末は東京出張プラス、横浜、千葉に滞在していましたが、多くの気づきに満ちた時を過ごすことができました(息子との旅は最高!)。
お世話になった、「弥勒」のてるみちゃん、BOOさん、「タオ・コード」の千賀さんたちに深く感謝します。
本当にありがとうございました。

 失われたカミアシャギの蘇り

そしてこの新月15日あたりから、ようやく今年の動きが始動したような感があります。

 そして、春に向けての準備が本格化!

春といえば、大和高原の一大祭典「柳生さくら祭」。企画を急いで進めねば…。
(今年は、また新たな新企画を)

でもその前に、遅れに遅れていた、お知らせです!

昨年7月17日に八ヶ岳、スワの守屋山を共に巡った縄文の歌姫、美咲さんのコンサートを、
2月6日に山添村で開催することになりました。
http://rupa.exblog.jp/11595272/
(ちなみに1月17日は、九十九里浜、千葉[チワ]の海での陰陽和合でした)

美咲さんの唄は、時空に作用する響き。
ミサキというお名前も素敵ですね。
http://misaki.naganoblog.jp/

そして2/6の会場は、大川遺跡のそばの「アートスコープ はかた」。
私はまたしても、下手な司会です。

縄文早期の住居跡などから、大川式土器をメインとした数々の遺物が発見されています。
大川式土器は、奈良の山添村~中部~諏訪あたりまで見出されますが、もしかしたら大和高原の縄文文化が、諏訪で開花したのかもしれませんね。

ちなみに美咲さん&篠原さんは既にツアーに出発されていて、明日は奈良に来られるので、大和神社あたりを案内する予定。

地元、諏訪の大地とつながり、地域に密着した音楽活動をされている方々なので、大和の地域文化も踏まえたプリミティヴな観点でのご案内をさせていただきたいと思います。

 諏訪と大和をつなぐ、縄文の底力

2月6日(旧暦12月23日)、是非、縄文の地へ!

★*********************************************★
 美咲・開運2010年初詣ライブツアー in 山添
     ~天地をつなぐ柱を立てる~
  2月6日(土) 夜7時開演~7時半 開演 
     会場:アートスコプ はかた
★*********************************************★転送歓迎

長く平和な世が続いた縄文時代、私たちの祖先はどんな思いで暮らしていたのでしょう。
イワクラ(磐座)や木々に宇宙を感じ、その心とつながっていたのでしょうか。

祖先の思いは、時空を超えて今の私たちの心のなかに、きっとつながっているはず。

2010年2月。近畿の縄文文化発祥の地、私たちの山添村に、縄文中期の中心地、諏訪の八ヶ岳から、縄文とイワクラをこよなく愛する縄文の歌姫、美咲さんがやってきます。

四隅に柱を立てる、七年に一度の「御柱祭」
四隅と中心に幣を立てる、一月七日の山の神の祭祀「倉立て」
そして、数々のイワクラ(磐座)への篤い信仰
山添と諏訪の絆が呼び覚ます、太古の記憶

折しも今年は諏訪大社の御柱祭の年。
そして大和は遷都1300年の記念すべき年。
縄文早期の大川遺跡の地にて、その古き絆を呼び覚ます美咲さんの唄。

奈良の都を築く礎となった、一万三千年の縄文の底力
その神髄は、御柱の心意気につながる、自然や宇宙との一体感

今再び、天地をつなぐ柱を立ててみませんか、
一人一人の心を合わせて

http://misaki.naganoblog.jp/

★会場
アートスコープ はかた
http://www.mahoroba.ne.jp/~tetsuko/artscope.html
大川遺跡の手前。宿泊も可能(要予約)

★チケット(要予約)
1,500円 定員70名限定(お早めにご予約くださいませ)

★ご予約 (お早めに!)
naoko2114@kcf.biglobe.ne.jp

★主催 山添村・美咲さんのコンサート実行委員会


☆夏に、村の「ふれあいホール」で、もう少し大きな規模のコンサートを考え中です。第四回イワクラサミットの会場。謎の巨石、長寿岩で有名なホールです。
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# by rupa-ajia | 2010-01-19 09:50

ありがとうございます

大変ご無沙汰しておりました。
私たちは、とても元気です。

有り難い。
ただただ、有り難い。
本当に、ありがとうございます。

一人で生きているわけではないことを、痛感する日々。
多くの方々、多くの存在の温かな見守りに、かつてないほどの幸せを感じています。
目に見えるもの、目に見えないもの、すべてが愛に満ちあふれていました。
恩返しのために、私にできることを、私なりに邁進していきたいと思います。

それと、この秋から公に音楽を奉納(演奏)させて頂く機会に何度か恵まれました。
今まで、唄に正面から向き合ったことのなかった私。
これからは、心身ともに、精進していこうと思います。

こんなにもご無沙汰している私に、お心を寄せてくださった皆様へ。
(期間限定のアップです)
http://www.youtube.com/watch?v=yEPukOXpz9g

ここ数年、ネット動画やTVで登場させて頂く機会が何度かあったのですが、どなたにもお知らせしたことはありませんでした。
イベントコーディネイトのお手伝いや、取材などの仕事を通して、多くの方々に表に出て頂くよう努めてきましたが、私自身は表に出ることを強く躊躇する傾向がありました。

今回は、自分の役割を認め受け入れた上で精進していく決意を含めて、まったくの未熟者ながら(練習不足で酷い状況ですが)、お知らせさせて頂くことにしました。

永遠の生命を紡ぐため


 恵みの雨が誘う
 懐かしき響き

 深き大地の子宮に
 陰陽和する種が落ち

神秘の森、沈黙の彼方

 始まりの扉が開く
 時空を超えた私へ

 香り放ち広がる
 生命樹、かの青葉

アルヴォール

  私の声が響く
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# by rupa-ajia | 2009-11-04 12:22

8月8日 神野山無限寿祭 (こうのやまむげんことぶきさい) ~もう、ありがとうしか言われへん~

昨日、注文していた『ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋社)という本が届きました。 尊敬する古武術研究家、甲野善紀先生がブログで挙げておられたのを見ての購入です。

今年に入ってますます、陰陽和合、クロス、十字など…、一連のイメージがやってきていますが、つまるところは、自然への帰還が促されているように思えてなりません。

私たちの生命はすべて、陰陽和合の原理の下、母なる地球に抱かれて生まれてきました。
毎日、当たり前のように食べている食べ物も、もともとは植物の受粉という陰陽和合の結実なしには、手に入れることができません。
その植物の受粉の最大の媒介者であるハチが、2007年春までに北半球から1/4が消えているというのです。

私は今、個人的に大きな過渡期を迎えていて、この『ハチはなぜ大量死したのか』という本をちゃんと読む時間があまりないのですが、ページをパラパラめくっているだけでも、その切迫感が伝わってきます。

近代文明、現代科学が巻き起こした複合汚染が、植物の受粉・生命継承の鍵となるハチに、大打撃を与えているという事実。
あらゆる生命の根幹にかかわる危機は、もうすでに種の存続に大きな影響を与え始めているようです。

前回までの日記で、陰陽和合について、イメージ的にけっこう小難しい内容のことを書いてしまったかもしれません。
でも、その方向性は、もともとの自然に還るというシンプルでプリミティヴな道。

物質的にもエネルギー的にも、今こそ、宇宙の一部として、身近な自然に秘められたネイティヴな陰陽和合に回帰していくべきだと感じています。

すべての生命に湧き出るエネルギー。

「ハチ、8、∞、X、+」の根幹は、もともと私たちの内にあることを、細胞レベルで思い出していきたいです。

混迷を極めている現代、そのシンプルな陰陽和合のエネルギーこそが、大きな守護となり、導きとなるように思えてなりません。

さて今週末、8月8日に友人カップルの結婚披露パーティを、神野山でお手伝いすることになりました。
この88の日、陰陽和合の目出度いときに、私たちRupaも、大きな節目を迎えます。

いつものことながら…、ピン!と来られた方は、航(わたる)くん、そして私まで、ご予約の上、神野山にお祝いに来てくださいね。
さあ、新たな船出を、共に祝いましょう♪
 ∞ありがとう∞

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

古林航くん&水谷沙子さんの結婚披露パーティのお知らせ

【神野山無限寿祭 (こうのやまむげんことぶきさい)】
 ~もう、ありがとうしか言われへん~

8月8日。
無限大∞を象徴するこの目出度き寿ぎの日に、大和の東方、東山中の神野山にて、
古林航くんと水谷沙子さん、このパワフルなお二人の結婚披露パーティを開催することになりました。

大和における縄文遺跡のメッカ、聖なるイワクラが密集する山添村の神野山は、
東山中随一の聖なる山として、古より尊ばれてきました。
古には、男女の出会いの場として、歌垣の火祭りも行われていたという言い伝えもある、
まさに陰陽和合の聖山なのです。
「天の川・彦星・織り姫」を地上に映したとも言われるイワクラ群もあります。

今、新たな人生をスタートしようとするお二人を、8月8日に神野山にて共に祝福できることも、とても意味深いご縁のように思われます。

ちなみにこのお二人は、皆既日食と何やら深いご縁があるとのこと。
折しも、今世紀最長の皆既日食も過ぎ、地球レベルでいよいよ大きな節目を迎えようとする今、お集まり頂きました皆さまとともに、陰陽和合のエネルギーを寿ぎ、慶びと幸せを共に広げていきたいと思います。

まったくの手作りのパーティで、しかも高原地帯の山の上という野外会場。
何かとご不便おかけするとは思いますが、新たな門出に立つお二人のためにも、
何卒お力添えを頂きますよう宜しくお願い申し上げます。

8月8日、祝福に満ちあふれる神野山にて、お待ちしております。

(文: 近藤直子 タイトル:野口大輔)

★タイムテーブル
16:00~ 開場@神野山の山頂
16:30~ アフリカンドラムの演奏
17:10~ パリから来日!シュールでエスニカルなジャズトリオ【ky】ライヴ
18:00~ 新郎新婦も加わって、ドドーンとバンド演奏
18:30~ 山頂からバーベキュー場へ移動
19:00~ BBQ場で食事、乾杯 GORO&ちゃーの弾き語り 写真の映像上映など
21:00~  挨拶 おわり バスで帰る人はバスへ 残る人はそのまま 翌朝まで

★集合時間&場所
15:30 神野山の森林科学館(山添村伏拝888) 0743-87-0285
http://www.vill.yamazoe.nara.jp/
なるべくお車を乗り合わせてお越し下さいませ。
森林科学館に集合した後、会場の神野山の山頂に移動します。

A.)大阪から名阪国道「神野口」ICで約1時間。
「神野山」「森林科学館」の看板に従って進んでください。

B)奈良市内から80号線を名張方面へ 約30 分。
近鉄奈良駅から369号線を東大寺方向へ。大仏殿の交差点で右折(南へ)。奈良教育大学を過ぎ、キリン堂とセブンイレブンの交差点(東紀寺3)を左折し80号線を東へ、そのまま20?30分進んでください。右手に「神野山」「森林科学館」の看板が出てきますので、その細い道を右へ入り上っていくと、左手に森林科学館があります。

※お車が難しい方は、近鉄奈良駅からマイクロバスを準備しておりますので、事前にご予約くださいませ。
近鉄奈良駅そばの「中小企業会館」前に、「14時45分」「16時」「19時」発を予定しております。
http://www.mapion.co.jp/phonebook/M21004/29201/0742266602-002/
マイクロバスのご予約先:waterloo-sunset@softbank.ne.jp
※お帰りは、21:30に神野山を出発し、22:00頃に近鉄奈良駅着予定。
 
★ご宿泊
30名様まで、バンガローを準備しております。
ご宿泊ご希望の方は、お早めにご予約くださいませ。
朝まで盛り上がる予定ですので、バンガローをキープされることをオススメいたします。
バンガローご予約先:waterloo-sunset@softbank.ne.jp

★お食事
アジア食堂Rupaの玄米菜食の創作料理(約12種類の予定)
http://amanakuni.net/rupa/index.html
+祥代ちゃんの愛たっぷりカレー
※持ち寄り、差し入れ、大歓迎!
 ビールなど飲み物の差し入れ大大歓迎!!
 軽食なども大大大歓迎!!!

★持ち物&服装
懐中電灯、マイ皿・マイ箸・マイカップ・マイ布巾、マイチェア、レジャーシート、好きな楽器、虫対策(蚊取り線香など)、動きやすい服装と靴(例:長袖の上着&長ズボン)
宿泊の方はタオルなど

★パーティ会費 5000円 (ご祝儀、大歓迎!)

★ジャズトリオ【ky】ライヴについて
パリの新進気鋭のミュージシャンの3人が来日。サックスとギターにチェロ。前衛音楽に影響を与えたサティ、はたまた民族楽器系の弦楽器。さらにはお楽しみの即興演奏。ジャズの可能性を堪能しましょう!みんなで音遊びも♪
http://trioky.free.fr/

仲野麻紀(saxophone、metallo-clarinette, Nay、voice)
Yann PITTARD(guitare baryton ,Oud,fx)
Huges Vincent(cello)

★お問い合せ
マイクロバス予約・宿泊予約に関して waterloo-sunset@softbank.ne.jp
場所などに関してrupa@kcn.jp 0742-94-0804

★ご予約
waterloo-sunset@softbank.ne.jp(古林)
rupa@kcn.jp 0742-94-0804(近藤)
古林と近藤、両方へのご予約を、お願い申し上げます(なるべくお早めに)。
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# by rupa-ajia | 2009-08-05 22:54 | 外部イベント参加・出店

メモ

長野へ、息子と二人で短い旅に出ていました。人生の転機になるような、短くも深い日々。まさに、陰陽和合~転換~再生の旅。
この必然の流れに引き合わせてくださった多くの存在、そして、この大切な過渡期に私を支えてくれた大切な友人たちに、心からの感謝でいっぱいです。 ありがとうございます。
深い愛を惜しみなく与えてくれた友人たちに、本当の私自身として生きていくことで、応えていきたい。

旅のプロセスを経るうちに、私の中の深い部分で、岩長姫(八ヶ岳)が蘇り、木花咲耶姫(不二山)と和合し、反転していったのでした。 精神性と日常の和合。
縄文のエネルギーが、自分自身の内に満ちあふれ蘇ってくるのが感じられます。

 いざ、日常へ、祝福すべき、この日常へ

・・・
柳生を出発して以来、何週間分もの深みをもって染みわたっていく、1日というトキ。

さて7月17日には、早朝、数霊の深田さんと諏訪ICで待ち合わせ、タカテル姫神社、手長神社、足長神社と巡りました。 深田さんは表、私は裏の象徴。 深田さんは事前にアヤマル(謝罪)ことを主眼とされていました。 それは表の役割としては、必須のことでした。
古代関係者(?)の私には、純粋にエネルギー的な意味がきていて、そのイメージのままにウガンしたのですが、自分でも驚くべきことがいくつかありました。
今まで心の内でしか響かせることを許されなかった旋律、その名を、声を出して唱うことができたこと。
そして、7年前ほど前に、宮古島で降りてきた唄の歌詞が、17日に突然、変わったということ。

守屋山登山の集合場所に向かうと、大勢の人。
その中から、明らかに明確な目的意識をもった方々が3名おられました。 どういう方々か、よくわからなかったのですが、即座に、(私は、この方々と共に登山すべき!)という直感が。
守屋山をイワクラのコースで登るというこの3人の方々に、率直に「同行させてほしい」と頼むと、「どうぞ、どうぞ」と、車に乗せてくれました。 表は深田さんたちにお任せして、裏のウガンコースへ、出発!
車に乗った途端、歯車が噛み合ったかのように、早速、感覚とリーディングのシェアと検証が始まりました。

最近のキーワード…、四方位の中心の柱、クロス、足長、手長、岩長、タカテル、シモテル、舟に乗った観音さま、アベ・マリア・ステラ、山幸・海幸などなど、多くのイメージを多様な観点から、素直に検証し、昇華していくうちに、一つの道筋が見えてくるのです。
ポイントは、自分自身に正直になること。
自ずから、各自の役割が果たされていく幸せ。

霧が広がる神秘の森に出現するイワクラたちは、存在感を増していて、異なる側面の意味合いを教えてくれます。

 縄文のスピリットが、共に歩いている

最終目的地は、古代の最重要なイワクラの聖域でした。
着いた途端、イワクラの奥地に呼ばれ、その中に入らせていただくと、そのさらに最奥に。

陰の大地母神さま
岩長姫であり、私自身の最奥であり、
すべての事象を陰ながら支えてくださっていた存在

その日、新しく歌詞が変わった唄で、まずは扉を開き、 その後、メンバーの一人、シンガーソングライターの美咲さんが、新しい歌詞の意味を紐解き、世界へと広げていくかのような縄文の唄を唱ってくださいました。 彼女は、まさに縄文の歌姫。魂に染みいる響き。

その響きに誘われて、最奥の処より、とうとう出てこられました。
11時23分。(=22を超えた、次なる次元への飛翔)
次は、陰の存在に、表舞台に立っていただき、いざ、舟に乗ってご出発!
巨大なイワクラの上に登り、宙に突き出た表舞台に移動して、霧立つ山々を見渡す。
その日の朝から、音として響かすことが可能になった唄で、まずは【空と海の交わり】を意図し、その境界をつなぎ、いざ、船出。 アベ・マリア・ステラ、暁の明星。

美咲さんの唄は、まさにその船出を歌ったもので、魂の底から泣けてくるものでした。
すべてが終わった刹那、正午の時報。
表裏が重なり、一つとなり、反転が始まるトキ。

そして、諏訪湖へ。
親子の亀のかたちをした遊覧船、竜宮丸に揺られたひとときは、本当に至福そのものでした。
クロスが○で包まれ、中心が浮上し、すべてが循環し始めたのです。
ただスワ、輪、和、環を感じ、満たされていました。
すべらかに、平らかに、内なるワが広がるのを感じていました。
船上で、直会の杯。

・・・
ここで、かねてより降りてきていた、手長・足長の意味を簡単に記録しておきたいと思います。

手と足は、動くために必要なものです。
でも手と足が動くためには、とあるものが必要です。

それは、中心。
中心で、つながっていること。

 クロス X

両手・両足を起点に、対角線状に線をのばすと、クロスとなり中心点が生まれます。
それは、4点の内側に存在します。

私たちが本当に動き、本当に生きるためには、私たち自身の内に中心を定める必要があるのです。

 自分の外側・他者にではなく、 私の内側に。

そこに生まれる、本当の私。

 陰陽和合、神秘のエネルギーはクロスの中心に生まれる

古代のエネルギーを封印するため、中心の柱を取り除いた為政者たちよ、もうこの流れを押しとどめることは、できない。

一人一人のうちに、柱を立てよ
ピラミッドの神秘
クラタテ、ヘイタテ、カムクラ

長き手足を伸ばせ
自由に動き、自由に飛び立て

大きな私が生まれる

着せられた悲劇の神話を返し
エネルギーを取り戻せ

八光一宇の奇跡

・・・
表裏反転。
裏に控えていた存在が表に出たことで生じる反動。

でも、きっと大丈夫。
表裏はつながっている。
分断されてはいない。

今から後、本当の共同作業が始まるのだから。

・・・
長野の旅の終わり、21日の夕方、関西に帰還。

曇天の22日。霧に包まれた山の上。
ただ、平和な思いを感じていたとき。

ちょうど日月の重なった処に、うっすら丸い穴が開き、美しい三日月が姿を現してくれました。
ちょうど日食が極まった、午前11時過ぎ、束の間の丸い晴れ間。

 私たちは、何を見てもいい、
 心が本当に平和に満たされていたならば。

 その心の内を見ることが、できたなら。

 見えることを、思い出したなら。
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# by rupa-ajia | 2009-07-25 07:56 |

拙いメモ

12日は、大和高原と天理以外では初めて、有里さんのコンサート&シェアリングに参加しました(Rupa企画??)。
http://ainohanam.exblog.jp/9983504/(←有里さんのコンサートレポート)

今回、ぼやぼやしていた私はまったく何もお手伝いできず、すべてみなさんがしてくださいました。
有里さん、凛オーナーのケイさん、共演のみんな、Macoさんたちに、まさにすべてお任せになってしまって…、本当に本当にありがとうございました。

今まで、Rupaを離れての企画をすることがあっても、だいたい自然豊かなところ、半野外なノリで、準備は体育会系というか、あんまり細かなことはせず、段取りもいい加減なものです。
例えばRupaでは、最初に「受付」をセッティングしたことがなくて、思いついたときに参加費を頂く感じ。帰る間際に、確認してもらったり。自主申告制に近いものがあります。

今回は、山が近くにない都会で、もっぱら室内の中だけの時空。
しかも初めて、受付をしたり、けっこう緊張してしまいました。

ここのところの忙しさと精神的な変化の大きさなどで、慢性的な疲労がかつてないほどにピークに達していて、それが一気に噴出した状態。 頭がよくまわらず、、まさに混沌。。 前日から当日、演奏時間中も、まさに飽和状態。

それにしても今回は、ものすごく贅沢な共演者陣。 映画を見ているような気分です。

夕方の空気感(今だったらヒグラシの大合唱)が感じられず、いつもカウンター越しに料理に励んでいるワタルの気配もなく、Rupa企画という感覚は早々に消失してしまってました。

そんな私を支えてくださったのは、やはりみんなの「素直な感覚」。
子どもたち、有里さん、演奏者たち、スタッフの人達、何よりも、今日のこの時空を選択して来てくださった方々の言外の素直な感覚が、いつもより身に染みて伝わってきます。
コンサートの後、けっこう人数の多いシェアリングになったのですが、言葉が上手い・下手という表層を越えて、一人一人の感覚が伝わってくるのが感じられて、本当に助けられました。

この「素直な感覚」こそが、私にとって大和高原の山や森に該当する瑞々しいもの。

人前で話すのが苦手な私としては、シェアリングではなかなかうまく表現できなかったのですが、言外には、もっと多くのことを感じていました。
Rupaで培ったものを、今ようやく、喜びをもって統合していく時に至ったのだと思いました。
今回、天理時代のRupaの仲間たちも来てくれて、本当に嬉しかった~。
大和高原以外で会うと、その有り難さが身に染みます。「お~!」と、何でも素直に言い合える家族や親戚のような感覚。
かっこつけなくてもいい、等身大でいられるというのは、本当にいいなあ。

ところで陰陽和合というのは、男女関係だけでなく、過去と現在、現在と未来、すべてのハザマに出現し、新たなエネルギーを再生、付与する錬金術的な作用なのかもしれません。
12日の加茂での時空が混沌としたイメージだったのも、何かが生まれる前のカオスの顕れだったのでしょうか。 だから、別に上手く言葉で表現できなくてもいいし、思考をまとめる必要もない。
そして私も、言葉としてはうまく表現できなかったけれど、魂の底からこみ上げるほどに、Rupaやワタルに感謝できたことは確か。
そのことによって、何らかのシフトを頂けたような感触があります。

カオスに差し込む光こそは、次なる次元をもたらす萌芽。
昨日の加茂の時空には、竜神系の強力なエネルギーが渦巻いていました。
目には見えない多くのサポート。

表裏一体・陰陽和合が成し遂げられて、反転しようとする今。
隠され、秘められたものが、表に出てこようとする今。

 目には見えない新月が、太陽の表に重なり出てきて、姿を見せるとき。

 岩長姫と木花咲耶姫。
 海幸彦と山幸彦。

統合こそが、始まりの要。

明日からまた移動ですが、間際になって、いろんな変更や、新たな決定事項が出てきて、、やはりノンビリ過ごせそうにもありません。会うべきいろんな人達と会えるのは、本当に有り難いことで、温かなサポートに心から感謝でいっぱいです。
そして22日。。遠隔で感覚をシェアしながら、すべきことをキャッチしていきたいです。

・・・
ところでお知らせです。

7月25日に、小嶋さちほさんたち主催の興味深いお祭りが、役行者の生誕地、奈良の御所であります。
ピン!と来られた方は、是非、ご参加くださいね。
今回、またしてもカモのイメージが来ています。
私は、飲食出店(昼~)と唄(夜)で参加です。

さて7月25日のこのイベントは、翌26日の雨乞い神事(@山添村)と深いかかわりがあると感じています。
地元の古老たちの企画による80年ぶりの神事。
その場所は、大和高原で有数の修験の場でした。今も年に一度ほど、地域の行事としてゴマ焚きが行われています。 非常に神秘的なイワクラとガマ(洞窟)のある場所で、見れば誰もがビックリ!なところ。
これほどにプリミティヴなエネルギーが渦巻くゴマ焚きの場を、他に知りません(他の場所は、建物などの人工物もスゴイというか)。
実は、大和高原の各集落の要所要所、森のなかに「行者さん」と呼ばれる聖域があり、役行者の像などが安置されてます。年に一度の祭祀日は、たいがい夏(柳生にも、密かにですが、もちろんありますよ)。
ゴマ焚き、雨乞い神事(火&太鼓&踊り)…、ルーツは、より古層の祭祀にあると感じています。

そんなこんなで、怒濤の7月後半がスタートしようとする今。
私自身への一言は、、  なんくるないさぁ~♪
大いなるひとつを信じて、歩んでいきたいです☆

・・・
役行者のもとで過ごす<時間をはずした日>

7月25日(土) 

  <昼の部>
   午後1時start 役行者尊像の御前にて勤行
   1:30~2:30 <役行者対談>
    3:30~4:30 YOGA WORKと呼吸法
   4:40~7:00 AUM chanting,音魂瞑想
  <夜の部>
   7:30~ 音魂live <役行者に捧げる声明賛歌>ほか
           インド、沖縄のうたなど

   9時 終了
    
  ☆参加費  昼の部  3000円
        夜の部  2000円

 収益の一部を行者様の祖師堂再建資金に寄進させていただきます。

  ☆場所  奈良県御所市茅原 吉祥草寺
     tel 0745-62-3472(場所の問い合わせのみ)
       JR和歌山線御所駅下車
       地図 http://www.ubasoku.jp/organization/36jisha/kisshousouji.htm

  ☆お問い合わせ  080-6216-1192 実行委員会
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# by rupa-ajia | 2009-07-14 20:57 | イベント(ライヴ・ワーク等

I'm here with you

取材仕事や個人的な用事が山積してしまい、かなりあわただしい日々が続いている。
7月に入り、時代的にも個人的にも、いよいよ大きな過渡期に入ったのを感じる。
あさっての、吉本有里さんのコンサート&シェアリングも、大きな過渡期をシェアすることになりそうで、ご参加を表明いただいている皆様お一人お一人に、深いご縁を感じている(↓まだ余裕がありますので、ピン!と来られる方は是非ご参加くださいませ)。
http://rupa.exblog.jp/11276803/

ところで、あさってのテーマ「陰陽和合と再生」に関して、七夕にからめてイメージを広げてみたい。実は、少し前から降りてきている、七夕のイメージがある。
七夕と言えば、天の川にはばまれて、年に1回しか会えない彦星と織姫の神話が一般的。
でも私が感じているイメージは逆で、天の川とは、陰陽和合の中心に誕生しているものの象徴。
つまり、彦星と織姫のエネルギーが和合したからこそ、そのハザマに強烈なエネルギーが出現し、流れが生じているという感覚。 川はむしろ、異なる両者が和合している証。

地上に投影するならば、それはフォッサマグナ。
東西のエネルギーのハザマに生まれるフォッサマグナの「翡翠」は、再生の象徴である鳥、「カワセミのつがい」という意味を持つ。翡(雄)翠(雌)。セミもまた、再生の象徴。
陰陽和合の奥深さを熟知していた縄文時代。
再生のエネルギーに満ちた翡翠を重視し、それで勾玉をつくるということは、縄文人にとって当然のことだったのだろう。
翡翠を身につけるということは、陰陽和合~再生、つまり、時空を超えたエネルギーとの一体化。
七夕は、悲劇的神話ではなく、生命エネルギーの蘇りと活性化を意図した陰陽和合の霊的作業が行われた日だったのかもしれない。 陰陽和合を成すための橋がかかり、柱が立つ日。

中国の神話では、彦星と織姫が、夫婦となって楽しい日々を送ったために、仕事がおろそかになってしまったというプロローグがある。 しかし本来、陰陽和合のエネルギーが生まれれば、日常の仕事はむしろ潤滑になっていくように思う。 つまりは、為政者たちの意図的な神話のコントロール。

その陰陽和合の鍵になるのが、二人の飛翔、アセンション。
シンボルは、羽、鳥。
日本には、中国とは異なる七夕の神話がある。
http://www2.plala.or.jp/cygnus/st5.htm
彦星は、天稚彦であり、矢や鳥のイメージ。
また、陰陽和合のエネルギーがこめられた布を織る織姫には、天羽衣のイメージ。これも飛翔。

少し前、やまんと小山氏が、「万葉集の歌番号を西暦の年号と重ねると、予言の書やという説があるんや」と言い始めた(珍しく、意味は解説せず)。

万葉集2009番は、七夕の歌。
  汝が恋ふる 妹の命は飽き足らに 袖振る見えつ 雲隠るまで

訳:あなたが慕う織姫は、恋しい気持ちを抑えられないので、袖を振っていましたよ、雲に隠れてしまうまで。

雲は、「籠もる」ことの象徴か。一度、子宮のような時空に籠もることで再生エネルギーを内に充たしているイメージでもある。
「振る」の一般的な解釈は、魂振り(たまふり)のことで、振動させることによって、魂のエネルギーを活性化させたり、新たな魂を招く呪術とも言われている。
また、私が明治生まれの古老からお伺いしたのは、「神が人に降りると、祈りのために合わせた両手が、自然と【ふるえてくる】」とのことでした。それが「勇む」ことの本来の意味だと。
振る、震えることは、原初のエネルギー活性化現象に通じていたのかもしれない。
ただ気になるのは、「袖」を振るということ。
私のイメージでは、それはどうしても、「羽」となる。
飛翔を象徴しているのではないか、と。

 飛翔してこそ、彦星と乙姫は陰陽和合を成すことができる。

飛び立つ先は、何処へ。
3次元的な象徴としては、かねてより「川の中洲」が思い浮かんでいる。
(ちなみに熊野大社は、かつて熊野川の中洲に建っていた)
中洲は、古来、陰陽和合の霊的作業がなされた時空であったのかもしれない。

  「中心のス」は、陰陽和合の聖域。
夫婦鶴の飛翔が、なぜ、祝福、寿ぎのシンボルになっているのか。
七夕も、本来は悲劇ではなく、祝福のシンボルであっていいはず。

さて私自身は、七夕の日は、天橋立あたりで過ごしていた。翌日の仕事が、早朝から舞鶴であったので、前泊にて丹後地方に入った。時間が少しあったので、元伊勢・内宮皇大神社と、籠神社に参拝することに。
元伊勢内宮皇大神社の社務所には、『岩長姫命』に関する和綴じの本がおいてあった。
ちょうど少し前に福岡の友人と電話で「岩長姫」の話になっていたので、ちょっと立ち読み。

曰く、本来、木花咲耶姫(陽)と岩長姫(陰)は、表裏一体、陰陽調和しての働きを担っておられた。ところが、岩長姫が退けられたため、バランスが崩れ、体主霊従の世界になってしまった。
今、岩長姫が表に出始めたことで、ようやく本来の霊主体従が蘇ろうとしている。

古事記などで【みにくい】と形容される岩長姫であるが、本当は【見えにくい】存在だったという。
目には見えない、見えにくい存在は、どうしても選択肢のなかからこぼれ落ちてしまう。
色や形があり、目に見え触れることができるものを、私たちは選択してしまう。

先日の電話で、福岡の友人と岩長姫の話になったのだが、最近、彼は福岡で、岩長姫と木花咲耶姫が共に祀られている神社に参拝したという。
それは、細石神社。(さざれいし)
そして近くの桜谷神社には、「苔むす姫」と木花咲耶姫が祀られていたとのこと。
「苔むす姫」は、岩長姫のことかもしれない。

それで「君が代」を思い出していたのだけれど、岩長姫の和本にも「君が代」のことが言及されていた。
細石が巌となりて、苔のむすまで。 これはまさに、岩長姫の働きであるという。

私の好きな映画のひとつ、『もののけ姫』。
その独特の雰囲気は、森の中に密生する苔が発しているのだと感じている。

以前、奈良の大台ヶ原についての紀行文を書いたことがあって、そのとき私は苔に関して、「君が代」をイメージしながら切々と書いた(編集部からは相当な苦情が)。
大台ヶ原に迫る環境破壊、苔の退縮による木々の枯死を間近に見てしまい、泊まりの取材から帰ってから、ずっと泣いていたことを思い出した。

・・・ (以下、当時執筆した原稿より引用)
苔の襞につく露の一滴一滴にも、生命が宿る。
倒木や切り株をおおいつくし、悠久の時空を放散させる苔。
その苔の上に落ちた木の種が、新たな芽を伸ばす。
生命再生のむすびを伝える歌が、この国にはある。
その原点は森にあった。

巌も亡骸も、苔むすことで永遠へと向かう美に組み込まれていく。
生と死の神秘なる一体化。森の奥深く、密やかに流れ出す生命の調べ。
森は、静謐なる豊穣の音楽に満ちている。
・・・(引用終わり)
森は、苔と倒木更新で再生し、生命を更新していく。
(倒木更新:枯れて倒れた木に苔が生え、そこに落ちた種が芽を出す。苔がないと種は発芽しない)
まさに、岩長姫と木花咲耶姫、両者の働きによって、生命は循環していく。
足下の岩とつながり、苔の胞子を感じる、開かれた感覚を取り戻したい。

さて、社務所に荷物を預けて、境内を巡り、天龍八岐龍神社で、昔、宮古島の石庭に行ったときに降りてきた唄を奉納。 さらに、谷を下り、清流沿いの岩戸神社に。
とにかく道中、岩や木に生えた苔の美しさが印象的だった。

社務所に戻ると、番をされている女性が、またいろいろとお話をしてくださった。
お茶をいただきながら、いろんな話になり、なんとなく最後は、また泣けてきてしまった。
岩長姫のパンフレットをいろいろとくださった。「初めて会う人に渡すのは初めて。でもご縁があるようなので」とのこと。 それらを特別にいただいたことは、その内容よりも、岩長姫が表に出てこられたことのサインとして、胸に響くものがあった。

それで、かなり昔のことを思い出した。
どうして今まで思い出さなかったのだろう。

私は柳生の前は、天理。天理の前は、京都市内に住んでいた。
アパートを探すとき、なんとなく京都の地図を見ていて、鞍馬の地名を見つけ、そのあたりにしようとイメージ。 京都市内の不動産屋さんに尋ねたけれど、そのあたりはアパートがないとのこと。で、なんとなく京都市内を歩いていたら、またしても、なんとなく気になった不動産屋さんがあったので入ってみたら、「すごくいい部屋が、西賀茂にある。以前、自分が借りていた部屋で、中庭もある」と薦めてくれた。で、その部屋に即決定。

アパートの名前は、「大将軍荘」。
アパートの前には、大将軍神社。
大将軍神社の祭神は、岩長姫とその家族たち。

私が住んでいたとき、神社の本殿はずっと建設中だった。
放火で本殿が焼けてしまい、その廃材を使って新築するという。
以前の本殿は、賀茂別雷神社摂社「片岡社」の本殿を遷したもので、相当、古いものだったらしい。

大将軍荘に引っ越して1年半ほど経った夏の夜。
家の前の大将軍神社から、雅楽が聞こえてくる。けっこう遅い時間帯だったけれど、その音色を聞くやいなや、私は取り付かれたように外にとび出した。

大将軍神社に、幻想的な光景が出現していた。
本殿が完成し、記念の祭祀が行われていた。小さな小さな境内に、京都中からぎっしりと宮司さんが結集。八坂神社、上賀茂神社、下鴨神社…、とにかく有名無名、ものすごい数の神社から宮司さんが集い、一人一人神社名を呼ばれては、榊を奉納している。

で、イスが一つ空いていたので、思わず私も末席に加わってしまった。
驚くべきことに、そのことを咎める人は誰もいなかった。

蒸し暑い夜で、私の格好といえば、ランニングに短パン。そのランニングはウサギ柄で、母が縫ってくれたもの。ヨレッとしていて、ほとんど下着に近い。親しい友人の前でも着るのがためらわれるような、、ましてや外に着て出る服ではない。

目の前には、絢爛豪華な衣装を着た人達が勢揃いしているというのに、なんて子どもじみた格好をしているんだろう。 でも魂が魅入られてしまったようで、どうしてもその場を立ち去ることができなかった。

宮司さん以外にも、背広姿の関係者が何名か来られていて、その代表者が名を呼ばれると、その関係者たちも同時に起立して二礼二拍一礼。
「地元関係者」というような感じで呼ばれたとき、私も一緒に立って参拝。

やがて、すべての灯りが消され、まったくの暗闇になったかと思うと、マスクをした人々が白い布で囲いながら、本殿に御霊を遷していった。そのときの奏楽は、龍笛のソロ。その神秘的な音色は、凄まじいエネルギーに満ちていた。
目の前を御霊が通ったとき、私の頭の中は真っ白。何かが乗り移ったような感覚で、呆然としていた。

気づけば、すべての儀式が終了し、参加者は手土産を配ってもらって解散し始めていた。配っておられるのは柔和な方で、私も「おいで」と呼ばれ、記念のお盆と、赤飯の重箱を頂いた。お土産を手に部屋に戻ってやっと、ハッと我に返る。

その出来事があってから、京都での生活は急展開。
奈良の天理への引っ越しが決まったり、鞍馬を巡ったり、なんだか目まぐるしい日々が始まった。
そして10年前の9月に天理に移住。
・・・
10年前の夏、社殿に戻った岩長姫の魂。
10年後の今、社殿から出るトキが来たのだろうか。
岩長姫との再会で、今、次なる転換点が訪れたのだと思った。

ちなみに「Rupa」という名前の由来は、ワタルの寝言。ワタルが決めた。後で、東大寺の和尚さんが教えてくれたのだけど、「色、物、かたち、目に見えるものすべて」という意味があるそうだ。つまり「色即是空」の「色」。
霊主体従の世界に立ち返ろうとしている現在、何らかの卒業のようなトキが近づいているのかもしれない。

しかし、その「色」も、すべて神そのもの。
大自然、大宇宙、この私自身も、髪の毛一本にいたるまで、すべて神の顕現。
その表裏一体の奥深さを思うとき、節目節目の転換期は、感謝に始まり、感謝で終わるものなのだとしみじみ思う。

・・・
岩長姫の社務所を出て、また電車に乗り、今度は天橋立に向かう。
(雨がちな天気だったけれど、社務所にいる間だけ集中して大雨が降ったので、まったく濡れることがなかった)
「天橋立」駅前のレンタサイクルのお店で荷物を預け、自転車で出動♪
昔、夢で見た通り、天橋立の途中に、真水が湧いているところがあった。
ママチャリをノンビリこぐのは本当に気持ちいい。
すぐに籠神社に到着。本殿で参拝を終えた途端、待ちかまえていたようにご高齢の宮司さんが近づいてきて話しかけてこられた。

いただいた名刺は「宮司:海部光彦」さま。本当に話好きな方のようで、お話が止まらない。 それがだんだん尋常ではない感じになってきて、ほかの巫女さんや禰宜さんたちが「夕方だから、もう閉めますけど」と言っても、意に介さず。 電話がかかってきても「後にしてもらって」。 来客が来られると、「すぐに戻ってくるので、2,3分、待ってて」と言われる。

戻ってこられたときには、手に何かの封筒と資料をお持ちでした。
見ると、それは知人のミュージシャン、小嶋さちほさんのプロフィール!
「小嶋さちほさんという人から資料が届いて、奉納演奏をさせてほしいという話なんですわ」。

ちょうど7月25日の件で、さちほさんとメールのやりとりをしていたところだったので、いっぱい、いっぱいPR♪
「このタイミングでお会いした、あなたがそう言うのなら、佳い奉納演奏をされるんでしょうなあ。では、このお話をお受けしましょう」。

宮司さんのお話をお伺いしながら、私自身も、海部一族、海人族とかかわりが非常に深いという感覚が明確になってきた。 来週、長野に行くのも、「安曇」というテーマが来ていたので、そのあたりへとつながっていくのだろう。
 今再び、船出のときがきた。南への帰還。

「いやー、お会いできて佳かった。ご縁ですなあ、また会いましょう」と、最後は手をさしのべてくださり、握手してお別れ。8月にまた舞鶴での仕事がある。さちほさんの奉納演奏とも日が近いので、また立ち寄らせて頂きたいと思った。
急いで自転車に乗って、今度はマナイ神社へ。
本来の場所は、もっと奥なのだろうから、お通しという感じ。
はるか昔の7月7日、伊勢へと旅立たれたトヨウケさま。

いよいよ夕方になってきたので、再び天橋立へ。自転車は早い早い~☆
天橋立の宮津湾側(外海側)には、砂浜の所々に、亀の頭のように海に向かって突き出た小さな石垣が組んである。
満月のときが近づく頃から、その石垣のひとつの上に座って、目を閉じて耳を澄ましていた。亀に乗っている気分。

穏やかな波の音が反芻して、響きはどこまでも広がる。
言葉にはならない、目には見えない感覚が、押し寄せてきた。

私の内から、陰陽和合が始まる。
無数の生命、地球そのものに包まれるような、あらゆる生命が、私の中に入ってくるような感覚。
微生物、虫、植物、動物…、とにかくいろんな存在とその連なりが、内なる感覚のなかに、めくるめく打ち寄せる。

その一つ一つの存在が、主役として舞台に上るときがきた。
目には見えなくとも、大きな力を発揮し、一緒になって世界を再生していく仲間たち。
脚光を浴びてきた大スターたちは満足げに退場し、控え室にいた名優たちとバトンタッチ。
表裏の協力体制、絆は、変わらない。

トキが満ちたのを感じ、いろんな感覚に包まれながら立ち上がって海を拝し、天橋立の南側へ戻る。智恩寺の境内に入った。 本堂にポスターがあって、そこに書かれた言葉が気になった。

【人は変われる。一緒なら。】

天橋立で、多くの存在に包まれ、その存在たちが入ってきた感覚。

・・・
翌日、午前中に舞鶴での仕事が終わり、特急電車を待っていたら、待合室のテレビで、NHKの番組が放送されていた。
「みんなのうた」。

「I'm here with you」という曲が流れた。
素朴なアニメーションも、とても意味深く、勾玉のようなかたちから、いろんな動植物へと姿が変わっていく。

 ああ、昨夕の天橋立での感覚は、これだったんだな。
 これが、天の川の感覚なんだ。
 別れては、いなかった。

柳生に帰って、you tubeで検索したところ、「川の光」というアニメの主題歌とのこと。
川の光。
http://www.youtube.com/watch?v=uXH_czgyxA8

岩長姫は、見えにくいわけじゃない。
見ようと思えば、ちゃんと見える。

細石が巌になって、苔むすのは、
瞬間ごとに、新たな生命が生まれるのは、

 一緒だから。

サミシイヨルモ ワスレナイデネ
アナタト トモニイル

 I'm here with you.

 It's called the earth.
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# by rupa-ajia | 2009-07-10 22:40 |

浄化

この季節だけの密かな愉しみ。
夜、用事が一段落すると、家のすぐそばのお気に入りの川原へ。

小川に面している田圃の土手。
潜り込むように入って草の上にしゃがめば、すぐに暗闇と沈黙に包まれて、その時空と一体化できるような気がする。

 誰もいない、ただひたすらに静か。
 小川のせせらぎ、蛙と虫の声。
 浮遊する蛍の光。

ふわりと点滅する光が、時々、思いも寄らぬタイミングで集まり、一斉に光る瞬間があって、そんなときは、ただ涙があふれる。

暗い大地の中に何年過ごそうとも、時が満ちれば地上に再誕し、自ら輝くことを忘れない。

近頃、取材仕事が立て込んだり、なんやかんやといろいろな出来事が押し寄せ、どうしても感情に波風が立ってしまう。
今日も、いろいろあったなあ。

でも、こうやって沈黙と光に抱かれていると、出逢う人たち一人一人が、確かに自ら美しく輝いていたことに気づく。
特に昨日、何年かぶりにじっくりお話ができた彼女は、まさに蛍の光のように幽玄な感じがした。

非日常の夢見と、日常の小さなこととが、等しく大切であることを想う。

もっとシンプルに、もっとあるがままに。
それこそが神秘、「『しないことを』する」力。

思考が昇華し、やがて光が定まる。
沈黙のまま、その絆を伝えてくれる緑色の光。

 ありがとう。
 心の底から、あなたたちが大好きだよ、本当にありがとう。
 一緒にいてくれて、ありがとう。

日常の小さな小さなひとときに宿る、かけがえのない浄化。

明日は、どんな光が待っているのかな。

  一斉に光るとき。

高きトリの地へ。
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# by rupa-ajia | 2009-06-15 22:29 | 大和高原(地元ネタ)