あこうくろうの刻に

久々の日記です。
昨日は、地元の垣内(カイト)、ショヤワキの忘年会で、昔話に花が咲きました。ここ5年間で恒例になった「ショヤワキ忘年会@Rupa」を準備する度に、いよいよ年末という感じがします。

多くのことがあって、師走もいつも通りドタバタと過ごしてはいたのですが、どちらかというと「静」のイメージでいろいろ動いていました。個人的には、12月上旬は生死を感じ、想うとき。今年は友人の旅立ち(「月の庭」のマサルさん)があり、息を引き取る日にマサルさんや彼の仲間たちと貴重な時間を体験することができ、また多くの気づきを得ることができました。

ところで今月に入って、「獣害に悩む過疎地」の取材があり、県内の集落に足を運んでいました。
「獣害」ときいて、眉をひそめる動物愛護主義の方々も少なくないと思います。主義主張はさておき、実際に現地では想像を絶する状況になっています。
広葉樹の伐採・針葉樹の植樹による、山の荒廃と、絶滅の一途をたどる野性生物については、よく話題に上ります。しかし変貌を遂げた山の環境によって、人と野性動物の棲み分けが消滅し、従来の境界域において、猿と人の立場の反転すら起こり始めていることは、さほど知られていないかもしれません。自給率の向上に寄与すべき中山間地域の実状です。
昨年、大台ヶ原を取材した折にも、鹿の増加が大きな問題となっていました。

40年もの間、育てた野菜の9割以上を猿に荒らされ続けても、それでもなお、数々の種を蒔き続ける古老。
その表情には、諦観を超えて、まるで野に咲く花のような温かさと美しさが、確かにありました。おおげさな表現かもしれませんが、彼らのような古老の前では、プロパガンダや机上の理想をかざす気にはなれません。決して目立ちはしないけれど、ほのかな明かりを灯し続けた、彼らのような祖先のお陰で、私達は生命のバトンを頂くことができたのでしょう。

ところで、「Rupa」という言葉の、大好きな意味をご紹介。
Rupaは、イタリア語で「メスの狼」という意味です。
ローマの初代の王様を育てたのがメスの狼だというのは有名な話ですね。

私は密かに狼が好きで、大台ヶ原の原稿を書いたときも、最後は狼の話をかなり書いてしまいました。大台ヶ原を開山した古川嵩は、大台ヶ原での修行中、つがいの狼に守られていたそうです。日本の霊性が弱まった原因の一つに、日本狼の絶滅があると、私は本気で感じています。バランスが崩れ、守護の力も弱まったのですね。

お時間のある方は、是非、とある村の昔話をご覧ください。
http://www.totsukawa-nara.ed.jp/bridge/guide/folktale/folktale.htm
狼が頻繁に登場していますが、決して恐ろしいだけの存在として描かれているわけではありません。

さて、取材の翌日、A山に行く予定にしていました。
国道から脇道に入り、何度も蛇行する山道を上って辿り着いたのは、陸の孤島、桃源郷のような里。静かな静かな、秘境の里でした。
高齢化率77.4%という、高齢化の極地にある集落にて、とある作業を見聞していました。作業に参加できる働き盛りの方は全員で5名。60歳代一人、70歳代2人、80歳代一人。そのうちの最高齢の方が、今年の8月まで、5年間、A神社の宮司を務めておられたとのことで、いろいろとA山のお話もお伺いしました。

この5年前まで、公表の難しい、深刻なトラブルがA山で多発していました。それは何というか…、私の感想としては、人の傲慢さがそうさせてしまったというか…、とにかく地域の生活文化をまったく無視したリーディングで、重要なポイントを、イベントのように軽々しく触ってしまったことによって、長年にわたって保たれてきたバランスが一気に崩れたような感じです。それも必然だったのかもしれませんが。

私は、その頃からA山に行くようになったのですが、ここ5年近くは、さほど足を運んでいませんでした(昨夏、久々に武和さんと一緒に行きましたが)。噂では、トラブルが絶えないため、5年前から村人によって選ばれた村民が宮司になるようになって、以降、落ち着きを取り戻したという話を聞いたことがありました。

前・宮司さんと、神社ではなく、長く住み続けている彼の故郷、生活のなかでお会いできたのは、非常に幸いなことでした。遠路はるばる聖地に出向くことはあっても、途中、土地の古老の話をおうかがいできる機会はさほど多くはありません。

取材主旨からは外れますが、保健所で殺されそうになっていたハスキー犬をもらってきて、飼っていたら、その犬が猪、鹿、猿を追い払ってくれていたそうです。
「いつも必ず神社のあたりまで追い払ってから、戻ってきたもんや。人には、ほんまに優しくてなあ。有り難い犬やった」 。
ハスキー犬には、シベリア狼の血が流れています。
縄文時代、犬(狼)だけが、特別丁寧に埋葬されていた理由を垣間見るような思いです。

「わしは、畑にA神社のお札を下げとるよ。Aさんは、オオカミじゃから…」 と、前宮司さん。
かねてより、A山には狼のイメージがありましたが、やはり。
残念ながら、ハスキー犬は昨年、大往生をとげてしまったため、今年から獣害が一気に増えたとのこと(原稿には書けないんですが)。

 狼のスピリットが、この里を守ってくれますように。

その日は、ムチャチョさん宅に泊まり、非常に深い話になりました。何年ぶりの再会だったか、もう思い出せないほど。ふと思いついて急に電話したのに、仕事を中断してまで迎えてくれました。
ムチャチョさんは彫刻家&庭師でありながら、罠で鯉や猪を捕り、自ら料理する縄文人そのものな人でもあります。 かなり寡黙な人ですが、必要なときには言葉を選びながら、非常に意味深な発言をしてくれます。しかも、ここまで正直に言葉を使う人は、そう多くはないんじゃないかな。
狩猟について、生死について、豊かさについて。
ムチャチョさん一家の暮らしぶりから、まだまだ多くの気づきがあるように感じています。来年もまた会うことになりそうです。
(ムチャチョさん宅は、口コミで民泊をされています。スピリチュアルなアートが好きな方にはオススメです。詳細は、Rupaまでご連絡ください)
翌日、ムチャチョさんの案内でかなりレアなポイントを巡ったあと(これまた、非常に意味深な処)、車でA山に。 少し前に夢で、とある事柄を教えられていましたが、その場所がA山でした。 最近の一連の出来事とのかかわりのなかで、見えてきたもの。

盛りだくさんな短い旅の後、柳生に戻ったら、狩猟採集民のSちゃんが遊びに来てくれて、今度は鴨と烏骨鶏の解体の話に。
最近、鳥の解体を頼まれることが続いたとのことで、その心境を切々と語ってくれました。

肉を買って食べることのない私ですが、植物も尊い命であるし、そこまで真剣に向き合い感謝していたかと問われると、はなはだ疑問。。
最近、みりこさんの翻訳による「プラント・メディスン・スピリット」を拝読して、植物の魂について考えていたところでもありました。

その数日後には、神奈川の友人から突然、電話。1,2年に1回ほど、一緒に重要な地を巡ったりすることになる彼女。いつも、シンクロな話題で電話してくれます。
電話で開口一番、「オオクチノマカミって知ってる?」。
大口真神(オオクチノマカミ)とは、狼のことです。

遠方ばかり訪れる彼女に「今、住んでいる近所の川のちょっと上流に、大切な場所が」と、以前、伝えたところ、すぐに重要なポイントを発見。そこに度々通っていたところ、最近になって、ふとしたきっかけで、その奥地を発見し、それが大口真神の祠だった、とのこと。 そばには、鳥獣供養塔。
植林地ではない、小さな小さな原生林のような処。そこは、頻繁に足を踏み入れる処ではない。特別な用事がない限り、行ってはならない。 そのエリアの、最奥の聖域。

狼や熊が示唆すること、自然への畏怖。
生きとし生けるものすべてへの敬意。
里と奥山の間には、里山があり、そこは人と動物たちとの緩衝帯であり、交わりの場でもありました。 でもその先は、動植物たちが主役の世界なのです。
動物たちの世界が狭まり、里山が姿を消しつつある今、里が緩衝帯になってしまいました。
野性動物との棲み分けという、果てなき中道を選択してきた祖先は、今の状況をどう見ているのでしょうか。

人と動物の世界を超然と往来する狼のスピリット
アコウクロウの時空から、どこへ導いてくれるのだろう

 最奥の聖地で、そのカシラを拝する者よ


・・・
さて突然ですが、またお知らせです。

12月30日に山添村、神野山の森林科学館で、年末恒例の餅つき大会が行われます。
国府さんのピアノ演奏もありますよ~♪  飛び入り演奏、大歓迎です!!!

朝10時から蒸したり搗いたりの繰り返しで、何時から参加してもいいのですが、私は早めに行って、山添村のお供え餅について取材をする予定です(餅つき大会の助っ人のおばちゃん70歳代に)。
大和高原には、一般的な鏡餅だけでなく、星&三日月とか、小判型とか、オッパイとか…、いろんなカタチのお供え餅があるのです。興味ある方は、私の取材に便乗してしまうのがオススメです。 (正月2日には、別なお宅にお邪魔して取材する予定)

大和高原で今も行われている家庭内の年迎え祭祀には、土着信仰のスピリットが凝縮されています。
ご興味のある方は、奈良か大阪か東京の主要な書店にて、現在発売中の奈良の季刊誌『naranto冬号』の、「ふるさとの味探訪:お雑煮」の拙文を立ち読みしてください。編集部のグルメ方針からますます乖離している私の原稿。バブリーな(?)表紙写真からは想像もつかないような内容になっております。
編集部のクレームに耐えつつ、妥協しつつ、字数制限ギリギリいっぱいに、大和高原の家庭内の年迎え行事について執筆しました。
火の神事「福丸こっこ」と、水の神事「お水取り」のスピリットを和合させて調理し、神々にお供えし、それを下げてからの直会が、お雑煮です。山添のお雑煮は、かなり独特で、興味深いですよ。

…と、また話がそれました。
餅つき大会で、「一緒に自分ちのお餅も搗きたい!」という方は、前日から水に浸けておいた餅米をご持参ください。 餅米が準備できない場合、森林科学館で1升800円で準備できるようなので、至急、Rupaまでご連絡ください(表向きには、実は「天狗っ子倶楽部」の行事なので、こっそり急いで、ご連絡を)。

餅つき大会の後は、これまた恒例の「やまんと忘年会」。
いつもは健ちゃんちでしたが、今年は小山さんが神野山の近くに引っ越したので、今回は小山邸です。 料理と鍋の具材は持ち寄り。手ぶらの人は、会費千円。
いつもの「やまんと」ノリで、ベタにガンガン盛り上がります。 しばらく「静」でいたので、30日は「動」で。

 ああ、年末!

さてさて正月、小正月、旧正、立春…。
ハザマの時期が、しばし続きそうです。

 紅逢黒逢の刻

 再生に向けて
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by rupa-ajia | 2008-12-29 02:44 | ライターの仕事
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