琉球から、柳生へ。

無事、沖縄より帰還いたしました。

今日までのメニューには、沖縄の島豆腐や、知念村のヤハラツカサのとこで採らせてもらったアーサを使わせて頂きました。ホンモノのニガリで形を成した、この味わい深い、島豆腐!

亘は、採取の精神を発揮できるのが嬉しいようで、旅先ではいつも放たれた犬のように、ゴソゴソと海や山に入っていきます。特に南の島では、内地ではお目にかかれない動植物に遭遇しながらの採取になるので、本当に嬉しそうです。さすが、琉球大学の元・生物クラブ部長。

南の島といえば、ただ温度や湿度が高いだけのように思いますが、生命の縦横無尽度もかなり高いように思われます。
このため、内地の生命体よりも、より強調されデフォルメされた形態と色彩になります。

沖縄滞在中に、一気に伸び、より渦巻いた、息子の髪の毛。
それも、その一例かと思われます。

とにかく、亘はそのような生命、特に植物群を見るのが大好きなのです。
活き活きとしたライトグリーン、濃い緑に赤い斑点、ピンクに紫、黄色に水色…。
そんな色たちに囲まれているだけで、幸福感が増してきます。
そして何よりも、いつもいろんな光を映してくれる、広大な海の青。
絵描きとしては、創作意欲が湧いてくるのです。

ところが、今回も、「スケッチを堪能」、、というところまではいきませんでした。
まともに描けたのは、のべ数時間かも。。

とにかく、ダイナミックな自然を目の前にすると、それを愛で、その気を吸うだけで心が満たされてくるので、とりあえず、せかせかと、何かをするという気分にはなりません。
それでも、久々に会う沖縄の友人達と連れだって、いろんな場所に足を運んでいるうちに、波及効果でいろんな出来事が短期間で起こっていきます。

こんな多様な空気感に、やっと心身が馴染んできたかな…と思う頃には、もう1週間ぐらい経っています。あと数日しかいれないんだ、、と思うと、余計にアクセクしたくなくなります。

「ちゃんと絵を描くには、1カ月は滞在しないとなー」
なんて言ってますが、私の予想では、きっとノンビリ&ウロチョロしているうちに、1カ月なんてあっという間に過ぎてしまうことでしょう。
あー、人生そのものじゃないですか。旅は、人生のヒナ型として、その貴重さを教えてくれます!

一方、息子は、滞在中ずっと「我が春来たり」といった感じで、楽しそうに動き回っていました。
生まれて初めて、バスや電車、船、飛行機、すべり台などに乗れたことも、良かったようで。犬や猫とも仲良くなり、彼らから多くのことを学ぼうと努力していました。
が、食べ方まで習われては困るので、逆に、餌のあげ方を教えてあげました(息子に辛抱強くつきあってくれた犬・猫に、感謝)。
「あと何日だ」、なんて言わず、常に今を楽しんでおりました。そんな彼と旅ができたことは、私達にとっても喜びでした。撮った写真は、ほとんど息子bかり写っている(親ばか)。

しかし、いろいろあった11日間でした!
2年ぶりの沖縄。カミンチュ達のいろんな動き……、混沌と新たな絆、そして内なる希望。

柳生に戻ってからは、、
4月15日・16日の「柳生桜祭り」に向けての動きが活発化。

お祭りといえば、伝統的なものを除けば、行政主体か、逆に若者主体か、といったパターンが今まで多かったのかもしれません。
ところが最近では、地域の人達が主体となって、外からの人達を迎えるという、チャンプルーで楽しいお祭りも増えてきたように思います。

今回の柳生でのお祭り、かなりのチャンプルーぶりです。

日本舞踏の常磐会、大柳生の民謡愛好家の方々、柳生下の踊りのグループ、田原と柳生の花柳のダンスチーム、月ヶ瀬の太古、田原太古、須川の相和太古、奈良市内の寧鼓座をはじめとする、柳生・大和高原地域を中心としたグループを始め、兵庫からは江戸柳生新陰流の方々、などなど。音楽では、バンド「やまんと」や、せっちゃん・まっちゃん、前さんコンビなど、大和山間部の音楽家たち、ピアニストの国府さん、清火さん・朋子さんの「さやとも」、エイコンズ・ビレッジの阿部さんなど、京都や大阪方面からの楽しい音楽仲間達…、多様でございます。
紙芝居では、奈良のモンキー岡田さん、京都のヤノンさん、柳生の絵本作家の方の紙芝居などなど。「やまんと」による千本餅つき、小山さんの古代史レクチャー、できれば、竹ドームも制作。舞台は、竹と縄と布による、ナチュラルステージです。
出店も、アートからオーガニックフードまで、いやー、かなり幅広い。玄米菜食系の方々、大丈夫ですよー。そして、まだまだ紙芝居&演奏&出店受付中です!(出店料1日1000円、2日で1500円、紙芝居と演奏は無料)

15日の夕方は、地元の方による柳生ツアー、16日の朝は、柳生の炭焼き小屋から、炭出し体験も検討中です。夜は会場の陣屋跡に提灯も灯るので、夜桜がきれい。Rupaで宿泊もできますので、是非、2日間のご参加を!(2日間、Rupaはヒーリングハウスになります)

ところで、今回、私が注目しているのは、長谷川流棒術です。
昨日も、柳生町内の長谷川家を訪れていたのですが…、感動の嵐でした。

柳生新陰流よりも、ずっと古い兵法。
ルーツは、牛若丸(源義経)から伝授されたという伝承があり、長谷川家に代々伝わる一子相伝の古い巻物と掛け軸も拝見させて頂きました。
もともと、大柳生には、旅の途上、常磐御前が牛若丸を出産されたという森とイワクラが残っており、その出産・産後の介助をしたのが、長谷川家のご先祖とのこと。
なので、牛若丸は親子で、ここ柳生に1カ月あまり、滞在していたのです。
そのお礼として、鞍馬で、長谷川金右衛門に、秘伝の兵法を伝えたと言われています。以来、代々、「金」の名を継いだ長谷川家の男子によって秘術が細々と伝えられてきました。江戸時代に、長谷川家子孫によって編纂されたのが、先述した古文書なのですが、巻物の名前がすごい。
「アメサカホコの巻」。古事記によると、島々を生み成すために、イザナミとイザナギがかき混ぜた、あのホコです。……。

鞍馬と柳生。そして、金。
柳生新陰流も、きっとその影響を受けていたはずです。

現在、長谷川流棒術を継がれている方は、長谷川秀子さん。85歳。
つまり柳生では、この秘術が風前の灯火になりかけているわけです。

秀子さんから、兵庫や東京から手習いに来られた方々もいらっしゃったそうですが、本家柳生で途絶えるのは、寂しいこと。
今回の祭りで、この棒術のスピリットを、少しでもご紹介できれば、と感じています。

長谷川さんのお宅は古い旧家で、そのすぐ隣には中宮寺があります。
そこは今、柳生下の公民館にもなっているのが、本来、柳生一族の墓は、この寺にあったのです。有名な芳徳寺の墓は、後になって移されたもの。
柳生には、観光案内には紹介されていない、数々の秘められた歴史がいっぱいあるのです。

沖縄のことを書こうと思いきや、いつのまにか、柳生のことになっていました。
これでいいんです。これがいいんです。
人こそが、土地と土地をつなぐのですから。
柳生と沖縄のつながり、またいつか書かせていただきましょう!

これから、奈良市内の「2010年塾」に、ナベしに行ってきます。。
[PR]
by rupa-ajia | 2006-03-13 18:02 | 大和高原(地元ネタ)
<< 冴えわたるお茶の間 明日から3月10日まで、沖縄。 >>