やまんと縄文13000年祭

ネットワーク「やまんと」とは…、
奈良盆地の東、大和高原、かつて東山中と呼ばれていたエリアに住む者達、関西屈指の縄文・イワクラエリアである大和高原を愛する者達の、原始的なネットワーク。
主婦、子供、自然農農家、大工、出稼ぎ人、イワクラ研究家、木工作家、鳥類研究家、バイオディーゼル研究家、画家、料理人、ライターなどなど、からなる、大和高原の多角的模索集団。
特徴は、環境重視。この島で最も長く続いた平和な世、縄文時代を愛する者が多い。プリミティヴで、逆境に強い。

固定メンバーなし、規則なし、組織機構なし。
コアメンバーでPC(に加えてテレビ)をもっていない者が多いため、暫定的にダイヤルアップのRupaが事務局を担当。

04年の暮れに結成@Rupa。
以降、「さとやまと音楽会@都祁」、「やまんと祭り@柳生」、「やまんと祭り@神野山」、「もちつき大会@神野山」など、伝説的な妙なイベントを企画。

そして06年11月21日、新月の夜。
「やまんと」にとって、大きな節目になったとき。 新たな門出となったとき。
この記念すべき夜、はるばる、こんな山奥まで来てくださって、
本当にありがとうございました。感謝感激です。
急遽来れなくなった方々もおられたのですが、それでも30人ほどの極めて濃い方々ばかり、これは尋常ではない力が働いているとしか考えられません。
突然、せいやさん達が颯爽と登場したときには、もう感動のあまり、声も出ませんでした!
鞍馬の奥、うちよりも山奥から、よくぞ来てくださいました。やっぱり、柳生と花脊はつながっています。 石笛に、歌声、素晴らしかったです。 「世界はひとつ、子どもたちは笑顔で」の歌、まったく泣きそうになってしまいましたよ。
急遽、スケジュールを調整して来てくださっったり、数時間前まで畑を耕している最中に小山さんに声をかけられ急に来ることになったり、旅の途上、急に来られたオランダの方や、宮崎の方や…、 平日の夜だというのに、もう、なんだかよくわからないまま、見えない力に拉致されるようにして、山まで連れてこられてしまった皆様、 本当に、ありがとうございました!
来月、沖縄に帰る しんのすけさん、お元気で! 沖縄での農業、エコツアー、素敵な流れとなりますように。来年、会いにいくからね。

清々しい歌声を聴かせてくれたエイコンズの阿部さん、せいやさん、かっさん、健ちゃんなど、知恩寺の収穫祭での流れもあったのだなあ、、と実感。実りある収穫です。
とにかく昨夜は、あまりにも濃い方々が集ったため、自己紹介だけでもお腹いっぱい。剣豪小説家の多田容子さんには、またしても柳生新陰流の実演をしていただいたし…(広い場所では、もっともっと素晴らしいのですよ!)。
収拾がつかないぐらいにエネルギーが渦巻いていました。
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皆さんには、本当に申し訳ない…。 料理もドカンドカンの大皿料理で、取り皿も出店用皿だったし、店とは思えないヤクザなノリ。 (普段は、もっと丁寧な玄米菜食料理なんですよ~、ごめんなさい!)
皆さんがおられる間には、全体的かつ具体的な企画討論には、及びませんでした…、本当に申し訳ございません! お一人お一人の内容がアリすぎ!合宿するぐらいでないと、浅くですらカバーできません。

そんなこんなで、夜が更け、皆さんが遠路、帰途につかれた後、 「やまんと」コアメンバーが残って、いろいろと井戸端会議、そのうちだんだん熱き討論となり(いつものこと)、そのうち疲れて健ちゃんが眠り始め(いつものこと)、そして…、
   壮大なる企画が浮上!
これは、遠路お越し頂いた、皆さんのエネルギーの賜物としか、言いようがありません。 帰る間際、健ちゃんが目を覚ましたとき、そこには先程とは異なる世界が広がっていたのです。 その企画とは…、
    2010年に、 「やまんと縄文13000年祭」 を開催すること。
    大和高原の聖山、神野山にて。

今、奈良県・奈良市は、行政主導で、2010年に開催すべく「奈良遷都1300年祭」を企画中で、各方面から有名人を起用し、膨大な予算を費やしています。が…、
平城京が建設される遙か昔、大和高原で繁栄した平和な世を、私達は忘れはしません。
私達、日本人は、誰しも、縄文の血が流れています。 かつて大和の縄文は、何重にも封印されてきました。 関西における一大・縄文&イワクラ地域である大和高原。橿原考古学研究所の縄文コーナーは、ほとんどが大和高原のもの。ほとんどのダム建設地では、縄文草創期・早期の遺跡が発見されています。
「大和高原は、奈良盆地の巨大な寺社仏閣の領地として開拓されてきた」という誤ったイメージがあります。 ところが、神野山よりさらに奥地にある毛原廃寺は、法隆寺よりも大規模な遺構。東大寺が建設されるよりも以前に建てられていたというのが、最近の知見です。

私達は、1万年も続けた、平和な世を忘れてしまったのでしょうか、
大自然からインスピレーションを受けた、あの霊的な日常生活を。
 大和心を思い出す  大いなる祭り
2010年に向けて、自給自足をより一層、推し進めること。
そして、日本各地の縄文ネットワークをつなぎ、聖なる智慧を甦らせること。
大立替の世、言霊の幸わうこの山に、どんな役者が揃うことでしょう。

  大和の奥の院、元大和へ やまんとの民よ いざ集え
  世の海を亘りかねたる石の舟  今宵 山にぞ浮かびけり
    石舟浮山   大和、発進
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by rupa-ajia | 2006-11-23 20:01 | 大和高原の移住者たち
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